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動画「The Expert」から学ぶ顧客との対話とUX実践のヒント

Toni Ferro

Toniはワシントン大学にて人間中心開発&デザインを研究している、博士論文提出資格者です。大学院入学以前は12年間、Intel Corporationにてソフトウェアプロジェクトマネージャーとして働いていました。

この記事はUX Magazineからの翻訳転載です。配信元または著者の許可を得て配信しています。

The Real Problem with “The Expert” (2015-02-24)

2014年「The Expert」と名付けられた一本の短い動画が技術界隈で非常に話題となりました。クライアントと技術担当者とのもどかしいミーティングの様子がコミカルに描写されており、39もの言語で字幕が付けられ、既に10億万再生、数千ものコメントを獲得しています。こうしたコメントの多くは同様のミーティングでストレスを被った人々によって書かれています。

動画の中で、不幸な技術エキスパートはクライアントから「7本の赤い線をそれぞれに直角で、何本かは緑で、残りは透明なインクで書いてください」と依頼されます。彼はそのリクエストが不可能であることを説明しようと努めますが、試みはすべて失敗に終わります。プロジェクトマネージャーとアカウントマネージャーはよそよそしく彼を持ち上げてきますが、クライアントの要求はますます意味不明で理不尽なものになっていきます。

クライアントの一人は高圧的な態度で「もちろん透明な、という意味をはわかってらっしゃることと思いますが」と質問を投げかけてきます。もう一人は「風船をふくらませた時に、子猫の形にすることはできますか?」など、更に奇天烈な要求を重ねてきます。ミーティングは最悪な状態で解散してしまいます。エキスパートに課される不可能なタスク、そしてクライアントが全くもって実現不可能なプロジェクトの成果物を期待しているという、最悪のパターンで。

この動画のヒットは、同動画で描写される問題が広く共感された結果でしょう。クライアントとは理不尽な要求を突きつけてくるものです。このプロジェクトは最初のミーティングですぐにデザインフェーズに入ってしまい、そして次の瞬間には製作が始まってしまいます。ミーティング中、誰もユーザーのことなど考えません。ユーザーは一体誰なのか、そしてユーザーはその製品に何を求めているのか、もしくはユーザーのどんな問題をその製品は解決できるのか。ミーティングは技術的限界の話に終始しており、ここの参加者には次のステップを明確にし、クライアントが本当に望むものを作り出せるスキルを持つものは一人もいないのです。

幸運なことに、UXのプロフェッショナルは「The Expert」のような状況下における問題の大部分を自身で制御することができます。UXスタッフは適切な質問を投げかけることで、次の実現可能なステップに踏み出すための道を示すことができるはずです。

しかしながら、実際にはキャリアを重ねてきたUXデザイナーであっても、意味不明な要求を突きつけてくる頑固なクライアントにイライラさせられることは多々あり、このようなミーティングを改めて分析してみることで新たな学びがあるかもしれません。こうした難易度の高いストーリーをクライアントの目線からも見てみることで、無理難題に取り組む際の新たな手助けとなるのではないでしょうか。

2つの危険な前提

表面的には「The Expert」は技術担当者の日々の奮闘を面白おかしく切り取ったものです。しかしより深い見方をすれば、この動画はテクノロジーデザインという分野において存在する、根本的な力関係の問題を描写していると言えます。動画では次のような問題が浮き彫りになっています。どのような技術を採用するのかについて、誰が最終的な発言権を持つのか? 何を作って何を作らないのかを誰が決定するのか? そして最も大切な点ですが、こうした問題に口を出すことが許されているのは、一体誰なのでしょうか?

この動画には、悪意がないとはいえ危険な前提が潜在しています。テクノロジーに関するアイデアとデザインは技術的なエキスパートの意見の元、最優先させるべきだという概念です。技術畑の人々だけがプロジェクトが実現可能かそうでないかを判断できる状況を描写することで、動画はこうした話し合いは技術的な実現可能性に基づいて行われるべきであり、詳細について知見のある技術者のみが決定を下すべきだという風に主張しているのです。

動画でクライアントが出してきた、7つの直角な線というのは幾何学的に不可能です。クライアントが求めているものは実現不可能であり、それ以上話し合うべき質問も決定も代替案もありません。クライアントとマネージメントがコラボした企画は失敗する運命にあるというのが今回の教訓です。

また、もう一つの間違った前提として、実際のところクライアントというのは技術的に不可能な要望はめったに出してきません。クライアントはただユーザーが求めていない非実用的なアイデア(この紙媒体の資料を一ミリも変更しないでウェブページに反映してください、など)を出してくるだけなのです。または他のウェブサイトで彼らが見た、彼らのビジネスには特に合っているわけでもないアイデア(我々のタイヤショップにもユーザーによるフォーラムが必要だと思うのです、など)や、実装が難しいアイデア、それから一般的な感覚からも悪いアイデアと言えるもの(もっとポップアップ広告を入れて!など)などです。

上記のように「無茶なアイデア」という点で少し前提がずれてしまうと、動画製作者たちの意図として、クライアントとビジネス担当者は会議で話し合えるほど物事がわかっていないのだから、コラボレーションは無意味と主張したいように感じてしまいます。こうした考えは前時代的で、バックエンド技術が全てであり、ユーザビリティは「あれば良い程度」であった時代に逆行するようなものです。ユーザーが製品やサービスの使い方がわからないのは、マニュアルを読んでいないユーザーのせいで、ユーザー自身のエラーであるとされていた時代です。

クライアントの要求が多くの場合、理不尽であることは疑いようがありません。クライアントとの関係づくりにはスキルと経験が必要であり、最もスキルのあるその道のプロさえ、時にはデスクに頭を打ち付けざるを得ない時があるのも現実です。しかし、この動画はクライアントの理不尽さに対し、スキルをもってなんとか解決すべき問題と描写するのではなく、クライアントがテクノロジーについて不十分な知識しか持っていないこと、またプロジェクトマネージャーたちが問題を悪化させるという前提を置いてしまっています。

これは技術的な事に関する決定が、ユーザーのニーズを主な観点においた関係者によるコラボレーションではなく、閉鎖的な数人によって単なる技術的な実現可能性でのみ議論が行われていた時代へと我々を逆行させうる、危険な主張なのです。

技術と共通言語の問題へのアプローチ

コラボレーションや対話する力というのが、UXの世界において基本であるということが再確認できたところで、「The Expert」は他にも大事なことを思い出させてくれます。まず、技術的な問題に対して技術的な解決策を考えるのは一見論理的ではありますが、実際には技術に主眼を置いてしまうのは(特に第一回のミーティングでは)技術者がデザインプロセスを自分でコントロールしようとしてしまう無意識的な策略とも言えます。「The Expert」ではその7分40秒の動画の中で延々と技術的な可能性の話に終始しており、ユーザーについての基本的な質問や、彼らのゴールや目的などは一切尋ねられていません。技術的な可能性と制限事項によってクライアントの問題に対応するのは生産的ではないと共に、目の前にある本当の問題点から目をそらす結果となります。

ユーザーの期待とニーズにどうやって応えるのかを理解し、それを見つけ出すことが主眼点のはずです。技術的な決定の際、確かに実現の可能性や、スケジュール調整、代替案の用意など、考慮することはたくさんありますが、それは後から必要になるものです。とにかく、最初のミーティングから技術的限界にのみ主眼を置くことは、クライアントやマネージメントサイドとのコラボレーションを実現するどころか「The Expert」で見たようなプロジェクトの失敗を招く原因となり得るということです。

また「The Expert」の動画からは共通言語の重要性も実感できます。動画の製作者はわかりやすい幾何学的な不可能性を用い、いかにクライアントの要求が技術担当者には馬鹿げて聞こえるか、そしてその要求の非現実さを他のミーティング参加者が誰も理解していないとき、エキスパートにとっていかに彼らのシナリオが奇怪なものかについて描写しています。

しかしながら、技術的なことにあまり詳しくないクライアントの視点からは、この動画で起こっていたこととは基本的に真逆のことが起こります。クライアントはまず自分たちにとって至極まっとうな要求から始めます。それに対し、いわゆるエキスパートの立場の人間は非常に難解な専門用語を用いて彼らの要求がなぜうまく行かないのかを説明しようとします。エキスパートにとっては他の参加者がどれほど理解不能に陥っているのか想像することはできず、ますますイライラを募らせる結果になるのです。一方クライアントは専門用語を理解することができず、イラついているエキスパートを慇懃無礼だとか気難しい奴だ、などと思ってしまうのです。

ユーザー中心的なアプローチの訓練を積んでいない技術者は、往々にして技術に詳しくない人々に技術的な説明を試みるという難しいタスクに苦悩することになります。ある一つの領域で長年働きエキスパートとなってしまえば、そうでなかった頃のことを思い出すのはほぼ不可能です。実際に技術的な知識を日常的な言語に翻訳する仕事というのは、専門性を伴う固有のスキルです。聴衆を十分に理解し、彼らが理解できる言葉を使うことで情報を確実に伝えることは簡単ではなく、一昼夜で身につくようなスキルではないのです。

それでも前に進む

「The Expert」はスキルを持ったUXスタッフがデザインチームにいることの重要性を我々に思い出させてくれます。UXスタッフは力関係による不毛な戦いを軽減し、ユーザーや関係者の声をきちんと反映させ、ユーザーのニーズを一番に考え、技術者と一般人との間の翻訳者の役を担います。クライアントとは元来理不尽な要求をするもので、UXスキルがそんな彼らの要求を叶えることに役立つのだという考えがもっと一般的になれば、我々は更なる進化を遂げることができます。

クライアントはきっとこれからも理不尽な要求を交渉のテーブルに持ち込んでくるでしょう。UXスタッフはクライアントも彼らのユーザーをも共にハッピーにできるような、革新的かつ創造的なソリューションのために尽力しなければなりません。クライアントが複数選択しなければならないUIに対して、チェックボックスよりラジオボタンのほうが良いと主張している時、こうしたクライアントを話し合いに参加させることはあまり望ましくないことと今日は考えられています。しかしクライアントやユーザーがこうしたプロセスに参加することはUX実践の中心事項であり、動画にあったようなストレスフルなミーティングや、そこからでてくる技術よりもよほど示唆に富んでいるのです。

クライアントは理不尽なことを求めます。こうしたリクエストに応える方法を選ぶ時から、勝負は始まっています。ユーザーに着目すること、技術側とのコミュニケーションを改善すること、そして難しいクライアントとの関係を維持するのに創造的な方法を模索すること。これらが私たちが前に進み続けるためにすべきことです。そうすれば、「The Expert」で描かれているようなミーティングは過去の遺物として笑われることになるでしょう。


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2017/12/05(火)
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