ユーザーの周囲の人の体験まで考えた2次的なUXデザイン

Dash Neimark

Dashはリサーチに基づき、使いやすく楽しいデザインを心がける米国のUXコンサルタントです。Twitter : @ux_dash

この記事はBoxes & Arrowsからの翻訳転載です。配信元または著者の許可を得て配信しています。

Second-hand UX (2016-07-28)

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私が多くのプロダクトデザイナーに見過ごされていると感じるのは、プロダクトの2次体験です。つまり、プロダクトのターゲットユーザーの更に向こうにいるユーザーの体験とは何なのでしょう、ということです。

UXデザインにおける新たな問い

仮にUX担当がターゲットユーザーの希望、要望を全て叶え、煩わしさを最小限にし、よく使われる一連の手順を最大限楽しめるようにできたとして、それはそれで大変素晴らしいことですが、こういった体験の演出が、例えばユーザーのソーシャルネットワークの輪の中ではどのように影響するでしょうか? プロダクトデザイナーは今、この質問の答えを探ることに時間と手間をかける価値があります。

従来のプロダクトデザインの手法は、デザイナーの見解をもとに最終的なデザインを決定するものでした。この見解は、ターゲットユーザーおよびステークホルダーの目標を念頭に置いたものです。しかし、生活における技術の影響は、より個人的な領域においても繰り返し発生するようになっており、2次体験を分析する必要がますます高まっていると考えています。

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体験を共有するという力

1次的なユーザーの体験は、2次的なユーザーと断絶されているわけではありません。遅かれ早かれ、両者の体験は互いに影響を及ぼしあうのです。

1次的なユーザーは、最初こそ自身の手でプロダクトを触れる体験をしますが、それを知った他者から繰り返し反響を受け取り、自身の視点とソーシャルネットワークでの反響の両面から、最初に得た体験を再吟味することになります。体験への最終的なジャッジは、集団作業となるのです。

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2次的なUXの必要性

現実の問題として、ユーザーの2次的な体験にさらなる注目が必要です。2次的なユーザーにあたえる影響に対し、既存のプロダクト群は壁を作っていることを身をもって示しています。

分かりやすい例でいえば、SMSなどのテキストメッセージングの普及が、2次的なユーザーにどう影響したかというものです。スマホの発明に伴って爆発的に流行ったものが、ついにはモラル低下などの社会問題に発展するほどの習慣にまで膨れ上がったのです。

テキストメッセージングの良し悪しは主観的な判断となり、それも十分な視野なしには論ずることはできません。例えば、表面的な話として、日々の効率性の面でテキストメッセージは有効でしょうか? そうとも言えるでしょうが、少なくとも、直接それを使用している人に限った話です。

しかし、例えば社会学的、心理学的な面でテキストメッセージの持つ影響を考慮すると、同じ結論に至るでしょうか? そうかもしれないし、そうでないかもしれませんが、いずれにせよもう一度熟考する必要がありそうです。

スマホを使う人とその周囲の人の体験

こういった細かい視点へのよくある反応は、例えばスマホの1次的なユーザーと2次的なユーザーの間に生まれる社会的な距離などへの懸念です。一般的には、スマホを持っている人と周りの人の間に密なコミュニケーションなどはありません。スマホに夢中な人が、周囲に注意を払っている場面など、目にしたことがあるでしょうか?

あなたがその周りにいるような2次的なユーザーだとしましょう。スマホをいじっているような1次的なユーザーへの感情は変化するでしょうか? プロダクト自体に対してはどうでしょう?

コミュニケーションにおける効率や頻度、使いやすさという点で、スマホが解決したものは多いですが、一方で複雑な構造を生み出しました。哲学的、心理学的、あるいは社会学的な観点で多くの疑問を提起しました。それは私が短期的な体験解決と呼ぶものの功罪です。これは何かといえば、1次的なユーザーを満足させるにあたって、社会構造への長期的影響とそこに含まれるであろうユーザーへの影響をともに考慮する必要はないというものです。

新興の技術が呼び起こす社会のうねり

上記を踏まえた上で、私はテキストメッセージに苛々しているわけではありません。むしろ逆で、私はテキストメッセージングや他のスマホの用途にどっぷり浸かっています。ただし、これが及ぼす悪影響もまた明らかで、近頃は運動を始めたり、首の凝りを治そうとしたりしています。

それよりも私は、新興のタンジブルな技術が作り出しつつある社会のうねりに興味を向けてほしいと思います。ウェアラブル、スマホ、ノートパソコン、あるいはVRヘッドセットなどのことです。使用に至る成り行きと同様に、それぞれが個別の社会のうねりと結びついて生まれたものです。この社会のうねりはプロダクトの体験において、従来のUXやプロダクトデザインでは語れない、もっと大事なものを担っています。

1次的なユーザーを対象としたデザインが最も重要なのは間違いないと考えていますが、一方で、1次的なユーザーのプロダクトへの関心がソーシャルネットワークの人間関係に与える影響の大きさに、プロダクトデザイナーは価値を見出す時だと考えます。

プロダクトの2次体験への注目の高まりを示す先例があります。使用の常習化が社会的に意味することや、Apple Watchに目をやることへの予期しない否定的な解釈に関して記事を目にしました。またもちろん、Google Glassのようなウェアラブル端末についてのプライバシーに関する懸念もあります。

何であれ、世の中に影響を与える技術の頂点は過ぎ去ったと考えているなら、もう一度考え直してみてください。技術とは、時間とともに人々の生活に浸透することを繰り返すだけで、その先には2次的なユーザー体験の必要性が叫ばれ続けるだけなのです。

いつから2次的なUXを考慮し始めるのか

ここで疑問が持ち上がります。2次的なUXが、今語られているような通常のUXに含めて考えられるようになるまでどれくらいかかるでしょう?

プロダクトデザイナーであれば、ある程度は2次的なユーザーに与える影響に目を向けることはできます。しかし、デザインプロセスにおける発見や確認の中で、私たちはどれほど2次的なユーザーを考慮し、巻き込むことができているでしょう? 要件定義をするにあたって、2次的なユーザーはどれほどの影響力を持っているのでしょう?(そして私はこの文中であと何回「2次的な」という単語を繰り返すことになるのでしょう?)

2次的なユーザーの体験に価値を見出すことは、UXに取り組む人の仕事の取り組み方を劇的に変える可能性があります。

周囲の人のUXをリサーチするには?

ユーザー動向の調査で向ける視点に起こりうる変化を想像してみてください。まず、VRやAR用ヘッドセットの使用者の近くにいる人の観察。新しいスマートウォッチを手にした本人ではなく、その周りの友人に向けたアンケートやインタビューなど。可能性は様々です。

2次的なユーザーの調査を役立てる方法の一つとして、既存のUX手法を組み合わせ、さらにひとひねり加えることが考えられます。従来のユーザー像に代えて、2次的なユーザー像を想定し、統計情報、振舞い、好き嫌い、得手不得手やその他の特性を想定し、対象のプロダクトや体験の間接ユーザーの特性を想定しましょう。典型的な2次ユーザーはどういった人になるでしょう? どう説明すればいいでしょうか?

同様に、2次的なユーザーのジャーニーマップを作成すれば、そこで2次ユーザーの考えることや感じること、1次的なユーザーがプロダクトに触れた経験から起こす行動への反応を、可視化することができます。知り合いがVRヘッドセットを使って映像を見ている場面に対し、何を感じましたか? イヤホンをつけて仕事に臨む同僚の隣で、どんな行動をとりましたか? あなたの聴いている曲の音を小さくするのに、ルームメイトがAmazon Echoで音声命令を使用した時、何を考えていましたか?

この視点の変更は、UXリサーチやデザインの未知の領域を掘り起こすことが可能で、これは興味深い経験に誘う可能性を秘めています。

VRヘッドセットの協調モードを使って、複数人が同じ視界を共有するのはどうでしょう? 健康情報技術にさらなる機能を組み込まれ、1対1で情報が共有できるようになったら? 通知機能を制限する設定を行い、ユーザーとその周辺にいる人達の結びつきを保つようにすることは? 興味深い体験となるかもしれませんし、そうでないかもしれません。1つ確かなことがあります。こういったデザイン体系をいつ、どこで実現するにしろ、2次的なユーザーへの共感が必要不可欠だということです。

まとめ

そもそも、なぜこのようなことが重要なのでしょう? なぜ、2次的なユーザーが感じること、考えることを考慮するべきなのでしょうか?

経済的な観点でいえば、答えは単純です。購買や使用用途で考慮されるのは、プロダクトやサービスが購入者に与える影響のみではないからです。ユーザーが他にも気にする事柄に対して、その購入や使用用途がもたらす影響(そして、巡り巡って当人にも影響が跳ね返ります)が考慮に含まれます。これは、他者との人間関係であることが最も多いのです。

一方、哲学的な観点からいえば、プロダクトに対してユーザーから発せられる心理学的、社会学的な信号への対策を欠いてしまうと、伝統的な社会の在り方全体を劇的に変えてしまう可能性があるからです。これを認識して、悪影響となりうるデザインパターンが慣習となってしまう前に直したり、かつて基本とされた社会的な懸念材料への視野を、社会常識が失う前にそれを改めたりするに越したことはありません。

一般的に言われているように利益とモラルは互いに背反のものではありません。2次利用を考慮に入れて議論を深め、UXにおける試みの中核としようではありませんか。