2000年代の最初の頃、私は商品先物トレーダー向けアプリケーションのユーザビリティを改善する手伝いをしていました。タブレットコンピューター向けのアプリで、iPad誕生の10年も前のことです。
そのアプリがサポートしようとしていた機能やタスクについて、私たちには良いアイディアがありました。
しかし、トレーダーがどのようにアプリを使うのか、もしくはアプリを使って何を成し遂げたいのかはあまりよくわかっていませんでした。そのため、私たちはクライアントであるCBOEのフロアで1日を過ごし、4人のトレーダーが仕事をこなすときにアプリを使う様子を観察しました。
そして、取引の合間に、私たちはトレーダーと1対1で、彼らがどんな理由で何を行っているのかについて話し合いました。
コンテキスチュアル・インクワイアリーとは
編注:コンテキスチュアル・インクワイアリー(Contextual Inquiry/文脈質問法)とは、製品がどのような文脈、背景で使用されるかを明らかにするためのユーザーリサーチ手法のひとつです。観察者は実際にユーザーが製品を使う場所におもむき、ユーザーが製品を使う様子を観察します。このとき、ユーザーは製品を使いながら説明をし、観察者は不明な点について質問をします。
私たちはコンテキスチュアル・インクワイアリーを実施しました。コンテキスト(文脈)のパートでは、参加者がどのように製品を使用するか、また物理的な環境がどのように態度や行動に影響を与えるかというコンテキストを観察することが重要です。
インクワイアリー(質問)のパートは、参加者のバックグラウンドやモチベーションをより理解するためにおこなう面接のことを指します。スクリプトがいくつか必要で、主要な質問一式をおこなうものです。
コンテキスチュアル・インクワイアリーの成り立ち
多くのUXの手法と同様、コンテキスチュアル・インクワイアリーは主に人類学や教育研究などの社会科学といった分野の研究から生まれました。この手法は、観察が重要な質的手法であるというアイディアに基づいています。
UXリサーチと呼ばれる分野における、もっとも初期のコンテキスチュアル・インクワイアリーの使用の1つは、1988年のWhiteside氏、Bennett氏そしてHoltzblatt氏による論文で述べられています。彼らはこのスタイルの質問を「現象学的研究法(Phenomenological Research Method)」と呼びました。
この論文は、UXリサーチにおけるコンテキスチュアル・インクワイアリーのバイブルである書籍『Contextual Design』の土台でもあります。
コンテキスチュアル・インクワイアリーを使用する場面
コンテキスチュアル・インクワイアリーは、満たされていないユーザーのニーズを特定するために使用する数ある方法のうちの1つです。この方法は、次の項目に対して洞察を与えます。
- 人々が解決しようとしている問題は何か。
- 人々がどのような点で不便に直面しているか。
- 人々がそれをどのように解決しようとするか。
この方法は、特に新製品や新機能のアイディアを生み出すときに役立ちます。コンテキスチュアル・インクワイアリーが役立つ場合の例を、ここにいくつかご紹介します。
- 顧客について調べる中小企業の業者
- 顧客と家にいる間に、情報の一覧表示を必要とする不動産仲介業者
- 職場でCADソフトウェアを使用する製図者
- コンバインで農作物を収穫する農業従事者
多くの企業がより良い製品を開発するための手段として、コンテキスチュアル・インクワイアリーを活用しています。
Intuitではこのテクニックは「フォローミーホーム」と呼びました。フォローミーホームは、中小企業の販売業者がレジでQuickBooksを使用する様子を観察することに使われ、QB POSの開発につながりました。
コンテキスチュアル・インクワイアリーのヒント
ここで、次におこなうコンテキスチュアル・インクワイアリーを成功させるために心に留めておくべきことをいくつかご紹介します。
- 質問と目標の組み合わせを用意しておきましょう。ただその場に行って観察しているだけではいけません。参加者のバックグラウンドや典型的な目的と課題を知るために質問を用意しておくことで、時間を最大限に活用できるでしょう。
- 参加者がするべきことを用意しておきましょう。理論的には、皆さんは参加者がいつも通り仕事をして製品を使用する様子を観察することになります。しかし、頻繁には起こらない特定のイベントや行動(たとえば給与計算をするなど)を観察する必要もあるかもしれません。そのため、特定のタスクを観察するということを、参加者に伝えるようにしましょう。
- オブザーバーの役割を決めましょう。オブザーバーがいる場合、彼らが参加者の邪魔をしたり問題の手助けをしないように注意しましょう。過去には熱心なプロダクトマネージャーが、参加者を手助けしてしまうこともありました。
- コンテキスチュアル・インクワイアリーは、製品デモやウィッシュリストではないことを肝に銘じましょう。参加者が機能を示唆したり改善点を提案している場合は良いですが、機能要望について話すことに時間を費やしたり、新しいバージョンへアップグレードするために売り込み口調になるべきではありません。
- できるだけ事業や商品のことを理解しましょう。一晩で公認会計士や電気技師になることはできませんが、観察対象の主要な用語やタスクについて知ることはできます。たとえば、建築について学びたいと思ったとき、私たちはまずオフィスにいる2人の建築家と話し、彼らがどのようにCADソフトウェアを使用するのか、特定の用語が何を意味するのか、そして私たちが何に気を配るべきなのかについて説明してもらいました。
- 参加者に話をさせ、専門家として行動させるようにしましょう。一般的に、コンテキスチュアル・インクワイアリーは、参加者自身が見せたり語ったりする場である必要があります。あらゆる全てを自然に観察することは滅多にできません。ですが、参加者が何かを引き合いに出した場合、そのことについて語らせるのではなく、皆さんに見せるようにしてもらいましょう。
- 観察する人数を決めましょう。必要なコンテキスチュアル・インクワイアリーの数は、観察する必要のある行動がどのくらい一般的なものかに比例します。ユーザビリティテストと同様、ほんの数人の参加者を観察すれば、どのテーマが重複しているか明らかになるでしょう。行動や態度が一般的であるほど、必要な参加者は少なくなります。
- メモをどう利用するべきか決めましょう。良いメモを取り、可能であればセッションを録画しましょう(まずは許可を取ってください)。未加工のメモを意味のある洞察やテーマへと変え、そしてプロセスマップやカスタマージャー二ー、アフィニティダイアグラムのように可視化すると良いでしょう。
ユーザーが問題に遭遇したときは、それを機会としてとらえましょう。コンテキスチュアル・インクワイアリーは、私たちの生活をより楽にする革新的な製品を開発するための最初の一歩なのかもしれません。