UXリサーチと倫理性

Nicholas Bowman

Bowman博士はウエスト・ヴァージニア大学Interaction Lab (#ixlab)でコミュニケーション研究学の助教授、及びリサーチアソシエイトをしています。

この記事はThe UX Boothからの翻訳転載です。配信元または著者の許可を得て配信しています。

The Ethics of UX Research (2014-08-26)

ソーシャルメディアを扱うUX研究者として、Uteはユーザーにもっと友だちを増やしてもらえるような、新しいインターフェイスのアイデアを考えていました。Uteは思いついたアイデアを試すためのある過激なテスト方法を思いつきました。ユーザーがプロフィールに使用している写真を操作してみて、その人の友だちリストにどのような影響があるか調べてみたらどうだろう? うまくいけば、この調査によってオンライン上の社交性を高めるためにソーシャルメディアのデザインを改善していくヒントが得られるはずだ、と考えたのです。もちろん、このテストは何千ものFacebookユーザーの意向をないがしろにするものでした。しかしUteの頭のなかでは、これは単純なA/Bテストであって、後にソーシャルメディア調査を巡る大論争にまで発展しようとは思ってもいませんでした。彼女はその後でようやく、この仕事における倫理とは一体何だろう、と考えるようになったのです。

私は二つの異なる大学で科学研究者、教授として、技術が人間同士のコミュニケーションに及ぼす社会的、心理的影響を調べるために研究を重ねてきました。私たちの実験は、ソーシャルネットワークにおいて恋愛や嫉妬などの感情を操作することから、テレビゲームによって引き起こされるストレスや退屈感の与える影響、その他の実験及び観察まで、可能な限り幅広く行っています。ただし、すべての実験に共通した原則を守っていて、それは参加者たちに(調査結果を出す前か後か、いずれかのタイミングで)その趣旨を知らせること、そして彼らを傷つけることがないように注意を払うこと、そのために実験を内外から倫理的に評価してもらうことです。

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Facebookの"情動の感染"調査を巡っては、インフォームドコンセント(Facebookユーザーたちはこの実験について知らされていたか?)と、悪影響を最小限に抑えるよう努めていたか(この調査によって傷ついたFacebookユーザーはいなかったか?)という二つの問題を中心に議論がなされています。社会学、生物医学の研究者のような広範囲に渡る倫理的訓練を受けていない大多数のUXリサーチャーにとって、こうした議論は抽象的で役に立たないものに思えるかもしれません。そこで、この重要性を理解してもらうために、UXリサーチャーが日頃調査を行う際に考えるべき倫理の在り方について、実践者の立場から意見を述べたいと思います。

UXリサーチは「研究調査」ではない?

まずは研究調査という言葉を定義しましょう。その名の通りUXリサーチャーは通常、一定のユーザー層について、どのインターフェイスデザインが望ましい結果を得られるか比較するために、データを収集し調査する仕事に取り組みます。

こうした調査活動は通常、法的な検閲を受けることはありません。米国保険社会福祉省の規定46.102によると、こうした調査は「一般化できる知識の開発や普及を目的として行われる、研究開発、テストとその評価を含む組織的な調査研究」であるとされています。

「一般化できる知識」というところが重要です。実際のところ、A/Bテストを行なっている企業のほとんどは、その結果を自社の所有物であると考え、決して一般に公開しようとはしません。皮肉なことですが、そもそもFacebookが研究調査結果を一般に公開するつもりがなかったとすれば、ツイッターで議論を呼んだあるツイートの言っているように、彼らがやったことは研究調査という定義にさえ当てはまらない、ということになってしまいます。

つまり、どのようなUXリサーチも研究調査ではないため、技術的には「許可される」ということになるのです。しかし、人間として倫理的に納得のいく決断をするためにも、なぜUXリサーチにおいても他の研究調査と同じ倫理評価が適用されなければならないのか深く掘り下げていく必要があるでしょう。

法的に倫理的な調査研究

製品テストのような企業内で行われる調査研究がしばしば倫理的評価を受けない大きな理由は、ほとんどのUXリサーチは個人情報を利用しない匿名のデータで行われるから、というものでしょう。

ある大学の行なったFacebookの調査も、研究者が個々のFacebookユーザーのデータに直接アクセスしないという理由で内部の倫理的評価の対象外になりました。一般的に、ビッグ・データの研究調査では、データは総体として扱われ、個々の人々に焦点を当てたものではないために倫理的評価から除外される傾向があり、多くの社会行動学者たちもこのような立場を取っています。

しかし、たとえデータが匿名であっても、人々に影響を与えないということではありません。研究調査の倫理的評価のほとんどは、調査によってもたらされるリスクと利益のバランスを最も考慮します。研究調査チームは、調査によって得られる社会的利益が、調査に参加する人々のリスクを十分に上回るものであるという論拠を用意する必要があります。

端的な例を挙げると、生物医学の研究者が症例対照研究において、末期ガン患者をa、bの二つのグループに分け、一方には実験段階の治療薬を与え、他方にはプラセボ(偽薬)を与えるという場合があります。このケースでは、社会的利益(ガンに対する治療法の発見の可能性)が、リスク(治療薬を与えられなかった末期ガン患者たちの死の可能性)を上回るのです。

ほとんどの技術研究調査のリスクは、私のものも含めて、命にかかわるような重大なものである場合は非常に少ないでしょう。せいぜい、ある広告を読む時間や、ある話をフォロワーたちと共有する頻度を増やす程度のものしょう。しかしそれでも、UXリサーチャーは次のことを自問しなければなりません。


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