馴れ馴れしいUIは気持ち悪い? 親しみやすい対話のためのUXデザイン

Joscelin Cooper

Joscelin Cooper氏は、言葉がどのように世界を容易にナビゲートするかということを常に考えている、ライター兼コンテンツストラテジストです。最近まで、編集者兼UXライターとしてGoogleに勤務していました。

この記事はA List Apartからの翻訳転載です。配信元または著者の許可を得て配信しています。

Do Androids Dream in Free Verse? (2015-05-05)

日常的に私たちは、ATMやSiri、アプリにおけるボタンなどでデバイスに「語りかけ」、デバイスのほうも私たちの要求に返答します。このようなやりとりは大抵、ただの処理的な行動で、私たちが命令を出し、機械がそれに応じるということです。パーソナルアシスタントアプリのような最新の予測機能を搭載したテクノロジーは、このような無機質な関係ではなく、同僚や友人のような親しい関係を作ろうとしています。例えば「her/世界でひとつの彼女」という映画の中では、スカーレット・ヨハンソンが演じる魅惑的なOSが、テクノロジーによってもたらさせる生身の人間のような感覚、擬似的な愛、そしてオルガズムでさえも実現させています。

テクノロジーがどんどん普及していき、膨大な量の個人情報にアクセスしている中で、どうすれば私たちは人間と機械の良好なコミュニケーションをデザインすることができるでしょうか? UIテキストは、人間の会話の抑揚や流れ、文法に近づくべきなのでしょうか? それとも、UIの人間らしい話し方は、本当の親近感ではなくうわべだけの親しさを作り出してしまうのでしょうか?

答えはもちろん、状況によります。多くの人は、自動音声のカスタマーサービスシステムを一度は使ったことがあるでしょう。中には、自動音声の人工的な感じを減らそうと試行錯誤していて、人間の話し口調に近づけようとしているところもあります。自動音声は、女性の落ち着いた声である場合が多く、明るい口調で、台詞をほとんど標準語で話しています。この自動音声を人間らしくすることは、これがリアルな人間ではないという事実、そして生身の人間と皆さんが対面することを阻止しているという事実を強調しているのです。

皆さんの下の名前を軽快に呼ぶコンピューターは、状況によって皆さんを喜ばせることもあれば、気味悪がらせることもあるでしょう。人間らし過ぎるロボットに対して不気味さや嫌悪感を感じてしまう不気味の谷現象のように、馴れ馴れしすぎるUIは人を遠ざけてしまう可能性があります。従って、UIテキストは機械的すぎず、人間的すぎず、ちょうど良いバランスを保つ必要があるのです。

「多様性を包み込んだ一貫性」を作り出す

最近まで、私はGoogleでUXライター(UIのテキストライティングなどを担当)兼コンテンツストラテジストとして働いていました。特に、GmailやDocs、Driveなどの人の仕事やコミュニケーションをサポートする、生産的なツールであるGoogleアプリに携わっていました。確立された大企業でのライティングは、多種多様な製品やエクスペリエンスによって雰囲気やスタイルがバラバラであるため、非常に困難を極めました。

私たちのオーディエンスには、Googleのツールを職場で使用している人たちも含まれていました。社会人は、YouTubeなどの動画を視聴するための大衆向けアプリをなんとなく視聴している10代の若者とは、明らかに違う市場にいます (だからといって、YouTubeの視聴が職場の環境で生じないということを意味しているわけではありません)。しかし、仕事用ツールはこういった優れた大衆向けアプリと同じように直感的で、かつ (あえて言わせてもらうと) 楽しいものである必要があります。これらのツールの使命は、人々がより生産的かつ創造的になるようにサポートすることです。それらのツールを使う方法は、頭を使わず直感的に分かるものでなければ行けないのです。

様々な仕事の形態を想像してみてください。ある人は長時間机に縛られており、またある人は常に移動して仕事をしています。ある企業にはツールのサポートを提供する巨大なIT部門があり、またある企業では従業員たちは自分で製品の使い方を学ぶ必要があり、その人たちは技術的な経歴を有していない場合も多くあります。これはとても負担が大きいです。だいたいの従業員はGoogleアプリの使い方を学ぶためではなく、業務を完了するために時間を使いたいと考えているでしょう。なので、テキストは総合的なユーザビリティを提供し、製品を簡単に使えるものにしなければなりません。

これらのインターフェースに関するライティングを指導する基本的な規則はありますが、そのような規則は全く異なるコンテキストや場所に存在しているのです。YouTubeを閲覧している10代の若者は、大阪にいるかもしれないし、はたまたインディアナポリスにいるかもしれません。Chromeの設定は、ペルシア語、タガログ語、またはイタリア語であっても簡単かつシームレスに操作できる必要があります。

私たちは、「フレンドリーなものである」「役に立つものである」といった中心となる方針に従って、全体的な一貫性のあるものを作ろうと努力することはできますが、それぞれの製品には個々の習慣や期待、そしてコンテキストがあるため、専門用語や技術用語を使わないようにしましょう。しかしながら、50以上の言語のどの言語を使用していたとしても、これらの方針はGoogleによって認識されるドメイン内で一致している必要があります。テキストを手短に、ざっと目を通すことができるほどの長さにして、最も大事な言葉だけにすることで、カスタマージャーニーをスムーズなものにしましょう。

「馴れ馴れしさ」と「無機質さ」の境界線はどこか?

Googleが細かく調整し続けているであろう、ある特定のUIのコミュニケーションは、スマートフォン上でどのように音声検索を開始するかということです。「OK Google」は、Googleがモバイルデバイス上でのインタラクションを開始するために提案している音声操作のフレーズです。このフレーズは、電話やGoogleと私たちの関係をカジュアルで親しみやすく、打ち解けたものにしようということを示唆しています。

もし皆さんが自分のスマートフォンやウェアラブルデバイスに対して「OK Google」と話しかけたら、このような行いを無理矢理やらされていると感じたり、少なくとも低俗に感じることでしょう。私は個人的には、実用を目的とする場合はこの方法よりも「◯◯さんに電話して」または「近くのタイ料理レストランを探して」という感じに、ダイレクトに命令できるほうが良いと思っています。

「OK Google」は、私たちがまるで巨大な怪物のような検索エンジンと仲良しであるように聞こえるので、奇妙に感じられるのです。Googleは、このフレーズを使うことで、「一つの企業」ではなく「頼りになる友人」のような立場に立っています。しかし、Googleは根本的な信念の一つとして「ユーザーを重視する」ということを掲げていますが、この「ユーザー」という言葉には、Googleと親しくなりすぎず距離を取りたい人も、依存したい人もどちらも含まれているでしょう。私はどうやって、同じ企業に対して友人であると同時に単なる「ユーザー」となることができるのでしょうか?

「言葉」は社会情勢を表し、そして権力の闘争を強調し、親密さや距離感といったものにスポットライトを当てます。インターフェースに関してライティングするとき、短い言葉ほど関係の変化とそのきっかけとなる動機、そして感情をさらしだします。ボタンに記された小さいテキストは、インターフェースのコミュニケーションの方針を変えることができるのです。ボタンを「了解」または「続ける」どちらにラベル付けするとしても、それは情報伝達以上の働きをします。「了解」は、ある特定の信用や親しみやすさを暗示しており、インターフェースがユーザーの代わりを務めることを連想させます。また、「了解」は、ユーザーに対して次の段階へと移動する前に、単に「続ける」の意思を表明するのではなく、提供されたあらゆる情報の包括的な理解と了承を求めているのです。

別の一般的なUIテキストの例を紹介しましょう。それは、「有効にする」と「作動させる」です。「有効にする」は必ずしも技術的なものではなく、有効にするものとされるものの間には微妙なヒエラルキーがあることを暗示しています。よりソフトな表現の「作動させる」は、前者とは対照的に、次の行動への魅力的な前兆であることを示唆しています。「親しみやすさ」を目指しているとき、馴れ馴れしさと無機質さの境界線はどこにあるのでしょうか?

「心のこもった簡潔さ」を意識する

言葉を意識するということは、UI言語を純粋に機能的なものにするということではありません。短い、簡潔なテキストを使った、適切に配置されたコピーを作ることができれば、UXに喜びと魔法のような要素を追加してくれます。ページ読み込みエラーの際に表示されるGoogle Chromeの「Aw, snap」や、Virgin Americaの公式サイト上の航空券の購入フローに溢れているその茶目っ気のある性格に注目してみてください。
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Virgin Americaの人口音声は軽薄でおかしく、そして失礼な感じさえします。しかしこのようなアプローチは、空の旅が苦しくてしんどいものではなく、スリリングな高級感のあるものであった、初期の時代を復活させているのです。同社は自身をそれほど真剣に捉えているわけではなく、フライト予約のような面白くない作業に騒々しいユーモアを取り入れています。

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Virgin Americaのユーモアあふれる雰囲気は、座席のアップグレードにかかる費用について説明している、上の画像のような遊び心あふれる口調のダイアログボックスなど、ちょっとしたところで表れています。了解のボタンは、一般的な「OK」ではなく、「I understand, Let's do this(了解、そうしましょう)」という言い回しになっています。

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ユーザーがフライトを予約する際に名前を入力する場合、入力画面は「Hey there.(やあ、こんにちは)」というようにユーザーにおちゃめに挨拶します。このような絶妙な言い回しが、出しゃばった感じはさせずにインターフェースを人間らしくすることができますが、先ほどの不気味の谷現象のように、人を遠ざけてしまうほど馴れ馴れしい口調になってはいません。

テキストは読み手に情報を与え、常にサポートし、その使命を果たしたらすぐに消えるべきです。優れたUIは、主張しすぎることなくUXに浸透することで背景に存在を潜めます。Webに関するライティングには詩的な美しさがありますが、これはWhitman氏の長々とした文章のようなものを指しているのではありません。むしろ、これは正岡子規の無駄を省いたスタイルの俳句のようなもので、とてもに簡潔なため、ほとんど見過ごされそうになっているのです。

親しみやすく、かつ機能的にする

「デジタルデトックス」の人気は、テクノロジー機器に対する私たちの依存に伴ってストレスが増大していることを暗示しています。将来は、「her/世界でひとつの彼女」を真似たような、人間に近い親密なテクノロジーではなく、より控えめで寡黙ながら有益なテクノロジーが増えるかもしれません

UXライターやデザイナーはそういったテクノロジーについて、どうやって親しみやすさと機能性を両立するかということを考えるかもしれません。私のかつての同僚であり、Googleの最初の専属UXライターであるSue Factor氏は私に、「短いテキストは最良のテキストである場合が多い」と教えてくれました。私はWebに関してライティングすることで生計を立てていますが、誰もがアプリを開いて注意深くコンテンツを読み、そして私の言葉をじっくりと堪能しているなどと自惚れてはいません。人々は皆、もっと他にやらなければいけないことがあるからです。正岡子規の俳句でもこのように書かれています。

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2017/12/05(火)
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