図面作成(CAD)ソフトウェアで有名な企業・Autodeskは顧客規模もさることながら、デザインチームがとてもグローバルです。売上高25億ドルの「ソフトウェアの巨人」には、7ヶ国から7,700人もの従業員が集まってきています。
テルアビブ支社のUri Ashano氏は、同社の主力製品であるAutoCAD 360というモバイルアプリのシニアUXマネージャーを務めています。Ashano氏と彼のチームメンバーの5人(2人のUXデザイナーと2人のビジュアルデザイナー、1人のリサーチ担当)は、サンフランシスコのAutodesk本社と密に連携して、アジャイル型開発でユーザー中心設計を考えています。
Ashano氏の説明によると、Autodeskという企業は、単なるソフトウェアプロバイダーではなく知識の宝庫でもあるのだそうです。ユーザー中心設計における36種のメソッドを教えるLUMA Instituteで、すべてのデザイナーがトレーニングし、仕事に活かしています。新機能開発で毎回用いているデザインプロセスによって、特に発見段階において、Ashano氏のチームは結束してデザインする力を得ています。
問題点をリサーチする
テルアビブのチームの仕事は、母体となるAutoCAD 360のチームから新たな機能の開発リクエストを受けたときから始まります。
開発のリクエストは、通常ユーザーシナリオとして提示されます。たとえば次のようなものです。
「ある建築家が仕事場でAutoCADの図面を必要としています。彼はiPad(それかほかのタブレット)を持ち歩いて仕事をしていて、その際に作図を見直し・修正したり、注釈を加えたりしたいと考えています。最終的には同僚に手直しした作図をシェアしたいそうです。」
これを受けて、テルアビブのチームはまずSlackで新しいプロジェクトを開始して、リクエストを達成するにあたっての問題点を調査しました。チームが最初に行った調査には、地元企業の建築家へのインタビュー、アイデアを考えるためのカスタマーサポートの見直し、MixPanelでオンラインデータの見直しなどがありました。チームはまた、AutoCADのクロスプラットフォームの利用状況と、関連するフローを主な対象として、Autodeskのリサーチデータも調べました。
Ashano氏は以下のように述べます。
「私たちは、常にユーザーを中心とした視点から受け取ったリクエストを調査します。まずは簡単に達成できることから取り掛かって、そのあとより難度の高い要素に焦点を当てていきます。私たちのデザインのスタート地点は、いつでもユーザーストーリーです。」
より深い問題発見
新たな機能のビジョンが決まったら、チームは速やかに具体案を出し合う段階に移行します。この段階は、もっとも集中し、かつ協力的に仕事する場面です。Ashano氏は、「このプロセスでは、決してクリエイティブマインドを失ってはいけません。」と言います。
デザイナーをそれぞれ細かいプロジェクトに送るのでなく、Ashano氏はすべてのチームメンバーを集めてアイデアを出し合うようにしています。半日~1日のワークショップでアイデアを出し合ったあと、どの案が実際に状況を打開できるものなのか、チームで集約的に決定するのです。Ashano氏は言います。
「一緒に仕事をすることで、20分間に20個も素晴らしいアイデアが生まれます。協力して行うブレインストーミングは、デザイナーが個々にアイデアを考えるよりも遙かに効率的です。」
ブルズアイ・チャートやコストと成果の比較マップ、インパクトと実現可能性の測定などを通して、チームは顧客のニーズを正確にマッピングして、アイデアに優先順位をつけます。アイデアをさまざまな図やグラフに反映する過程で、製品マネージャーと開発者も含めたチームメンバー全員で、コンセプトの横に笑顔マークや泣き顔マークを加えます。
Ashano氏は、開発者や製品マネージャーを意思決定のプロセスに参入させる段階が早ければ早いほど良いと言います。だからこそ、実際にチームをそれぞれ距離的に近くに配置して、会議室をシェアして長い時間一緒に仕事をさせているのです。
Luma Instituteとのチームワークでは、ほかにもアフィニティチャートやアイパターンなど、10種類のブレインストーミングの手法を活用しています。この時点ではまだデザインのスケッチは最小限に留め、ポストイットを使ったアイデアを生み出す作業に集中します。
全体の機能に関してしっかりと同意が得られて初めて、デザイナーはより細部までのデザインを開始します。またアジャイル型開発でのUXプロセスに従って、チームはユーザーストーリーに関する調査段階を終えて次の段階に進みます。また、アイデアを再検討できるようにバックログを残しておきます。
ソリューションをデザインする
大まかに機能が決定したら、チームは正式に開発を始めます。ここからは長いブレインストーミングではなく、作業に必要なメンバーだけで行う、毎日のスタンドアップミーティングが多くを占めます。
メンバーは具体的な作業をこなすために分けられたあと、初期段階のワイヤーフレームと、それぞれのユーザーストーリーに沿ったフローを、協力し合ってデザインします。作業スピードを上げるため、Ashano氏はテンプレートを作成して、一度に5~6つのスクリーンでフローを簡単に表示できるようにしています。
デザイナーがそれぞれのフローの計画を立てている間、開発者もまた技術調査をまとめます。得られた知識をまとめるため、AutoCAD 360製品チームは、対処法に関するガイドラインに焦点を当てた、簡単なPRD(プログラム要求事項文書)を作成しています。技術的な詳細情報はDropboxやZeplinのリンクに含まれている一方、インタラクティブな情報はユーザーフローへのリンクに反映されています。
この点についてAshano氏は次のように語ります。
「ユーザーフローにリンクを付けると、コンセプトデザインの初期段階でもたくさんのフィードバックを得られるので、とても便利です。リンクを見れば、開発者や製品マネージャーも含め、誰でも現在何が制作されているかをリアルタイムで把握することができます。またiPadの動作を示すモックアップを作成するのはきわめて難しいので、リンクを入れることは複数のデバイスでユーザーにアプローチする場合にも有効です。」
また、PRDや初期段階のコンセプトへのフィードバックをもらうために、テルアビブのチームは、アメリカやシンガポール、ドイツのAutoCAD 360のチームにユーザーフローを共有しています。作成したワイヤーフレームをより忠実度(fidelity)の高いモックアップに反復する中で、プラットフォーム内でリモートからデザインのレビューをもらいます。
プロトタイプでの問題解決
ほとんどのデザインにおいて、AutoCAD 360の開発チームはワイヤーフレームを何度も修正し、忠実度の高い静的なモックアップを作り上げ、それから実際にコーディングを始めます。時間を考慮して、チームが作成するのは、新しいインタラクションモデルか潜在的に問題があるフロー(複数のトランジションをもつ場合など)のプロトタイプのみです。
プロトタイプの忠実度合は、そのデザインによって異なります。たとえばAshano氏のチームは、まったく新しいインタラクションモデルをテストする場合は忠実度の低いタイプを作成します。一方で、ブランディングや異なるカラーパターンをテストする場合は、忠実度の高いタイプを作成します。
ユーサビリティテストに関しては、AutoCAD 360のチームは基本的に5~10人の人を対象にテストを実施します。Ashano氏とそのチームメンバーは、既存の製品における特定の機能に集中して作業を行うので、システムがしっかりとした形で完成したと感じられるまで、プロトタイプを作成しテストをするというプロセスを何度も繰り返します。
プロトタイプの開発準備が整うと、チームはまたPRDをアップデートして、インタラクションモデルの主な変更点や新たなプロトタイプへのリンクを知らせます。開発チームが機能を構築する間、デザインチームは次の段階に向けてユーザーストーリーやバックログを再確認します。
結論
Autodeskのテルアビブのチームの例から、企業でのデザイン作成は、おびただしい量の書類作成やコミュニケーション不足などで行き詰ってしまうものでは決してないことを、私たちは学ぶことができます。最後にもっとも覚えておくべき点をまとめます。
- 早い段階で質的調査(サポートに寄せられた質問やユーザーへのインタビューの見直し)と統計ツールやアンケートによる量的調査を実施して、リクエストされた機能を評価する。
- 作る機能の特性を大まかに定義するために、半日~1日のワークショップを開いて、どのような発見やアイデアがあるかを把握します。
- 書類作業を、単なる詳細を記録する作業として行うのではなく、知識の扉を作る心構えで行う。
- もっとも難しいインタラクションモデルのプロトタイプを最優先に作成する。