いままでにない新しいマーケットを探すことは、ビジネスにおけるよくある間違いです。競合が少ないことが唯一の良いことなのでしょうか?
残念ながらこのアプローチには、2つの問題があります。まず、既存のマーケットがないということは、製品に対する需要もないという強い兆候となります。次に、マーケットが確立していない場合、潜在的な消費者になぜその製品が必要なのかを教育するために膨大な資金を必要とするからです。
実際、競合の存在は、製品やサービスに対する需要があることを示す健全なサインです。そして、新製品によって利益を得られるサインでもあります。しかし同時に、競合は市場への参入障壁を築き上げます。さらに、ほかのさまざまな要因が市場参入への障壁を作り出すかもしれません。
学術雑誌「The American Economic Review」で発表されたMcAfee氏、Mialon氏、Williams氏による論文『What is a barrier to entry?』において、彼らは参入障壁とは「その業界に新規参入しようとする企業にとっては必ずかかるコストであり、一方で既存企業はそのようなコストはかからないものである」というGeorge Stigler氏の記述を引用しています。
また彼らは、Franklin M Fisher氏が『Economic and Antitrust Barriers to Entry』という論文で述べた、「参入障壁とはその参入が社会的利益をもたらすときに、参入を阻害するものである」という記述も引用しています。
どのように市場への参入障壁を定義するにしても、ユーザーや顧客に製品が受け入れられる前に障壁を解消しなければなりません。
製品や企業が新たなマーケットに参入する際の、一般的な障壁をいくつか見ていきましょう。
市場参入の障壁
広告とマーケティング
市場への新規参入者よりも、有力ブランドは多くの場合より多額の宣伝費を投じます。マーケティングに多額の費用を投じて新規参入者のメッセージを排除することにより、新たな参入者を「やっつける」ことができるのです。潜在的顧客もより頻繁にこの有力ブランドを目にするので、新しいブランドに疑いを持つようになるかもしれません。
市場への新規参入者は、どのように市場にアプローチし、どのようなコストがかかるかを注意深く考えることが大事です。これは、実際に市場参入を実行する前に行うべきです。
資本コスト
新規参入者にとってのもっとも一般的な障壁の1つに、市場参入のコストがあります。製品を作るための機器や製造を行う建物の費用、原材料などはすべてコストです。マーケットによっては、資本コストがほぼすべての企業にとって新規参入の阻害となる所もあります。たとえば、新しい通信ネットワークを確立する際の資本コストを考えましょう。数十億ドルもの投資は、スタートアップの機会を劇的に減少させます。
リソースの独占
ときには製品を作るのに必要なリソース自体が、単一または複数の生産者で占有されていることがあります。ソーラーパネルの生産において中国は、国内企業が優先的にレアシリコンを入手できるようにすることで効果的に独占しています。この製品の生産では、中国がほぼ(全部ではありませんが)独占状態です。
コストでの優位性(スケールメリットを除く)
市場でポジションを確立していると、より安価な生産を可能とするレア素材や有利な地理的条件にアクセスできるかもしれません。またより進んだテクノロジーや知的財産を保有しており、新規参入者が同様の製品を製造するのはよりコストがかかることも考えられるでしょう。さらに、新規参入者には不足している生産コスト削減の経験もあるかもしれません。
顧客の忠誠心
ほぼ毎年、新しいコーラが世界中の市場で販売されています。そしてほぼ毎年、このコーラはローカルな市場において失敗するかニッチなマーケット化しています。コーラの市場においてはペプシとコカ・コーラがほぼ独占状態ですが、これは顧客の忠誠心によるところが大きいです。強固に確立されたブランドは、顧客の強い忠誠心という大きなアドバンテージをもっています。
流通
特定の分野における流通業者と販売者の両方が、契約によって競合企業がビジネスをするのを妨げているかもしれません。または、契約がなくとも妨害を行うインセンティブを持っている可能性もあります。そのため、新規参入者が顧客に製品に慣れてもらうため、製品を顧客の前に陳列することは難しいかもしれません。
スケールメリット
スケールメリットとは、規模が大きな有力企業に利益をもたらすものです。大企業はレア素材や中間製品を大量に購入するため、有利な価格で購入することができます。そのため、マーケットへの新規参入者が、大企業と同程度の価格で製品を作ることは困難となります。場合によっては、テクノロジーの発達がスケールメリットを瞬時に消し去ることもあります。たとえば、現在コンピューターはほぼすべてのビジネスに利用されていますが、50年前はこのアドバンテージを活用できたのは各業界の大企業だけでした。
規制による障壁
特定のセクターに関して政府が強い注意を払っている場合があり、そのような市場に参入するには、たくさんの法的要件をクリアしなければならないでしょう。許認可やコンプライアンスなどは、新規参入者にとって追加の出費となり、業務の負担も増えます。
非弾力的な需要
顧客を獲得するために、新規参入者の多くは低価格戦略を試みます。その製品の顧客が価格にあまり関心がない場合、この戦略は間違いとなりえます。良い事例が喫煙者です。一般的に、税金を増やしても喫煙の断念にはつながりません。そして政府にとっての税収が増加します。また喫煙者は「ブランドに忠誠的」である傾向があり、必ずしも値引きがブランドの変更を促すわけではありません。
知的財産権
AppleとSamsungの法廷闘争を見るだけでも、新規参入の際は大企業であっても知的財産の課題を抱えることが分かるでしょう。特許や著作権、商標などは、入手や調査、保護するのに費用を要することが考えられます。成功に必要な知的財産が競合によって保有されているとき、生産価格を引き上げることは高くつくかもしれません。
ネットワーク効果
新製品の成功に顧客のネットワークが必要とされる場合、既存のネットワークを壊して入ることは難しいか不可能だと思われます。Google+はソーシャルネットワークに参入しようとしましたが、Facebookの独占状態にはかないませんでした。*
*編注:時事的な内容につき一部改変
略奪的価格設定
新規参入者を駆逐するために、大企業はそのリソースを嫌がらせのように使うかもしれません。これは「ロスリーダー(訳注:採算度外視で低価格設定された商品)」とも呼ばれます。これにより新規参入者は資金的リソースが少なくなり、競争することが不可能になるかもしれません。厳密にいえばこれはほとんどの地域において法律違反です。しかし現実には、問題が法的に解消される前に、新規参入者をビジネスから除外していることを証明するのは、とても難しく時間がかかります。
制限的慣行
多くの航空会社は、空港の着地場所の割り当てに関する合意を有しています。そのため、新規の航空会社は着地場所を確保することが難しく、その地位を確立することは困難です。これが制限的慣行です。これも司法によっては法律違反かもしれませんが、その主張をするのは時間と費用がかかるので、新規参入者にとっては敷居が高いです。
サンクコスト
市場への参入に多額の費用がかかり、その費用が取り戻せないものならば、参入者は市場からの撤退を試みるべきです。これは市場参入に関わるリスクを劇的に増加させるものであり、参入障壁となります。
スイッチングコスト
あるサプライヤーから違うサプライヤーへ変更することが難しければ、変更される可能性も低くなるでしょう。長い間、銀行はこれによって大きな利益を得てきました。口座を変更するためには、支店を訪問して新しい口座を開設し、既存の取引を変更するための書面を作成しなければなりません。それから前の銀行の支店を訪れて同じプロセスを繰り返します。このように骨の折れるプロセスが要求されます。いまでは、このプロセスは電子化されて労力がかからなくなっており、銀行の変更はしやすくなっています。
税金
市場によっては、司法によって外部参入者に税を課すことで保護をしているものも存在します。また大企業が大きな恩恵を得る税制度を認める司法もあり、小規模の新しい市場参入者が介入できないケースも存在します。
市場参入の障壁を克服する
市場参入の障壁を克服するための、決まった戦略を提供するのは不可能です。しかし製品開発の実施に先駆けて、障壁は特定されなければなりません。そして開発へのいかなる重要な投資をする前に、これらの障壁を克服する戦略が必要です。
市場参入の障壁を克服する方法が理解できなければ、その市場にあなたの製品を広めることはできないかもしれません。そして最終的には、ビジネスも失敗に終わることも考えられます。
覚えておくべきこと
新たな市場に参入して成功したければ、市場参入への障壁が克服すべき課題となります。市場参入への道の中で何の障壁があるかを、製品開発やデザインプロセスのかなり早い段階で決定する必要があります。そしてその障壁をどのように克服するかを、理解せねばなりません。
著名なデザイナーのCharles Eames氏がかつて発言したとおり、「詳細とはただ細かなことなのではなく、デザインを形成するものです。」