世界初の1兆ドル企業になりつつあるAppleは、あらゆる製品開発プロセスの中でも最も成功した例かもしれません。デザイナーはAppleから多くのことを学び、自分のデザイン環境に取り入れることができます。
Appleは秘密主義で知られています。Steve Jobs氏の時代は、Apple内部でどんなビジネスが行われているのかを探り出すことはほとんど不可能だったでしょう。社内のデザイン手法がビジネスマーケットにおける優位性の鍵だとしたら、秘密主義であるのも不思議ではありません。
『Inside Apple: How America’s most Admired and Secretive Company Really Works』の著者であるAdam Lashinsky氏は、秘密にされてきたAppleのデザインプロセスに注目してきました。秘密に覆われている部分もまだありますが、ハイレベルなデザインプロセスから良いヒントが得られるでしょう。
Appleの製品開発過程
デザインが最優先
どうすればデザイナーにデザインする自由をもたせつつ、ビジョンに即した製品を作ってもらえるのでしょうか? アップルでは、デザインを中心に位置づけることでこれを達成しています。
アップルのデザイン部門最高責任者であるJony Ive氏とそのデザインチームは会社を牽引しており、財務部や製造部などに報告する必要がありません。デザインチームは自ら予算を取り決める権限を持っていて、製造実現性を無視して良いのです。
デザイン部門の心臓部は、ひと握りの選ばれたアップル従業員しか入ることができないデザインスタジオです。
素晴らしい製品の創造を可能にする、シンプルなコンセプトです。
デザインチームを会社母体から分ける
デザインチームが新しい製品制作に取り組むときには、他のアップルのビジネス全体から切り離されます。もしかするとその間は、他部門の従業員と関わらないようにデザインチームのメンバーには物理的な制限すらかかっているかもしれません。
この点、デザインチームはアップルの伝統的なヒエラルキーからも除外されています。彼らは自分たちで機会をつくり、エグゼクティブチームに直接報告します。こうすることで日々のささいなことを気にせずデザインに集中できるのです。
文書化された開発過程
Appleの新製品プロセス(The Apple New Product Process: ANPP)の情報は、作業開始時から製品開発チームに伝えられます。デザインプロセスの各段階について詳細まで綿密に伝えられるのです。製品開発チームがどんなプロセスを追っていく必要があり、完成品を次に渡す責任者を誰にするか、誰がどの工程を担い、どこで作業し、いつ完成する見込みなのかといった構想を立てるために、情報を詳細に伝えます。
月曜日はレビューデー
Appleのエグゼクティブチームは毎週月曜日に、デザインフェーズにある1つ1つのApple製品を検証するミーティングを開きます。気が遠くなる作業のように聞こえるかもしれませんが、Appleは1度に数百もの新製品を製作しないためそこまで大変ではありません。これはAppleの成功の1つのキーポイントでもあります。多くの新製品を開発する代わりに、実を結ぶと予想されるひと握りのプロジェクトに資源を集中的に投入するため、成功する可能性の低い数多くのプロジェクトに時間が割かれてしまい十分な労力が注がれないということはありません。
その日のミーティングでレビューしきれなかった製品は、自動的に次のミーティングの最優先議題となります。つまりデザインフェーズにある各製品は少なくとも2週間に1回はエグゼクティブチームによって検査されるということです。こうして決断の遅延を最小限にし、会社とデザインが密接であるようにしているのです。
EPMとGSM
EPMとはエンジニアプログラムマネージャー(Engineering Program Manager)、GSMとはグローバルサプライマネージャー(Global Supply Manager)を指します。Apple社内では2つの役職を合わせて「EPMマフィア」と呼ばれています。製品がデザイン部門から製造部門に移されたときには、彼らが手綱をにぎります。
これらの人材は通常中国で採用されます。Appleが自分たちで製造を行うことは稀です。代わりにAppleは、世界で最多数従業員数を誇る会社の1つであるFoxconnなどの外部委託先に製造をまかせています。こうしてAppleは製造コストを可能な限り削減し、会社の重荷を減らしています。この方法はマーケットでかなり有利にはたらくため、今では他の多くの電子機器メーカーが同じことをしています。
この「EPMマフィア」の仕事は至ってシンプルで、適正なやり方で、適正な時に、適正な価格で、製品が確実にマーケットに納入されるようにすることです。ここで説明したことに対していくつかの点で異議を唱えるかもしれませんが、少なくとも彼らの基本理念は常に自社製品のために行動するというものです。
反復こそ鍵
良いデザイン会社と同じように、Appleでは製造プロセスが始まったからといってデザインプロセスが終わるわけではありません。実際、製造プロセスの間もデザインプロセスを繰り返します。製品をつくりテスト・検証を行ったら、それをより優れたデザインに変え、また製造プロセスに戻るのです。こうしたサイクルはだいたい4〜6週間かかります。製造開発のサイクルそのものも何度も繰り返されているでしょう。
製品が完成すると、EPMはすべてまたはいくつかのテスト機器を、責任をもってカリフォルニア州クパチーノにあるApple本社に送り返します。
この方法はとてもコストがかかりますが、Appleの品質評価の高さの理由の1つなのです。デザインに投資すればするほど、マーケットを変革するような素晴らしい製品を作れるようになります。iPodやiPhone、iPadもこのプロセスをくぐり抜けてきたのです。
パッケージングルーム
Apple社内のパッケージングルームでは、高いセキュリティが確保されておりここで試作品が箱から出されます。ご想像のとおり外の世界に情報が漏れないようにセキュリティ対策がされています。万が一漏洩したApple製品の試作品を見ることがあっても、この部屋から出たものではなく、中国の製造ラインから消失したものだと考えられます。
ローンチ計画
製品開発における最終段階は、製品のローンチです。製品がもうこれ以上改良できないほどに良い状態であると判断されると、「the Rules of the Road」と呼ばれる発売実行計画に移されます。この計画には、製品の発売に先立ってかならず行われなければいけない義務と行動が示されています。
「the Rules of the Road」の内容を知っていると、かなり神経をすり減らすに違いありません。なぜなら、もし紛失・漏洩などしたら即解雇になると明文化されているためです。
覚えておくべきポイント
Appleのデザインプロセスは複雑で、費用がかかっています。ほとんどのビジネス理論から考えると、上手くいくやり方ではありません。しかし現在まで、高い期待を越えて成果をあげてきました。
すべてのプロセスを仕事で模倣することはできないかもしれません。しかしたとえば、デザインフェーズや製品発売フェーズでプロセスの文書化をすることくらいはできるでしょう。もちろん、Appleのような反復のプロセスもやらない理由はありません。
成功するデザインプロセスをより知ることができれば、それらの最適な側面を取り入れ自分たちの製品をさらに高めることができるでしょう。
参考文献
デザインプロセスの詳細については:
『Inside Apple: How America's Most Admired--and Secretive--Company Really Works』Adam Lashinsky ISBN 97814555512157, Published January 25, 2012
Appleの偉大なデザイナーの思考を知るには:
『Jony Ive: The Genius Behind Apple's Greatest Products』Leander Kahney ISBN 159184617X, Published November 14, 2013