サービスやプロダクトのマーケティングにおいては機能を訴求する「機能訴求型」のアプローチが一般的ですが、近年では「社会課題訴求型」の手法も取られ始めています。
今回はクライアント案件に社会課題訴求型のアプローチを取り入れ、コンバージョン率を向上させた事例について株式会社メンバーズの瀬崎さんにお話を伺ってきました。
登場人物
株式会社メンバーズ 瀬崎正太郎 氏
ワンタイムパスワードの利用率を高めたい
── まずは瀬崎さんのお仕事内容を簡単に教えてください。
私のチームでは、みずほ銀行様のデジタルマーケティング運営支援を行っております。みずほ銀行様の中でも個人向けサービスを提供している部署の方々とお取引をさせていただいています。担当者の方とともにみずほ銀行様のサービスをどのようにユーザーに届けていくか、Webという接点でどうコミュニケーションをとっていくかを提案しながら成果向上に努めています。
たとえば、Webサイト上の設計を見直してサービスの登録率が上がるよう改善したり、Web上でお客様がみずほ銀行様のサービスを受けるための仕組みを構築するなど、取り組みはさまざまです。
── 幅広くお仕事されているのですね。今回はそんなみずほ銀行様の案件で普段と違ったアプローチをされたとのことですが。
はい。今回お話するのは「ワンタイムパスワード」というサービスの案件です。元々機能中心の訴求でアプローチしていたところに、新しく社会課題訴求型のアプローチを取り入れました。
── 「ワンタイムパスワード」というのは、どのようなサービスなのですか?
「ワンタイムパスワード」というのは、一般的にインターネット上の取引で幅広く使われるセキュリティ強化のための仕組みです。一度限り有効な使い捨てのパスワードを発行して利用することで、不正アクセスを防ぐものになっています。
みずほ銀行様も「みずほダイレクト」というインターネットバンキングで、この仕組みを取り入れサービスとして提供していらっしゃいます。
── どのような経緯で、新しいマーケティング手法を提案することになったのですか。
みずほ銀行様の提供するワンタイムパスワードが必須ではなく任意で使用できるサービスであることもあり、「ワンタイムパスワードを利用してインターネットバンキングを安全に使って欲しい」とのみずほ銀行様の考えに反して、思うようにユーザーに使われていなかったことがあります。
当時は生体認証機能がある、最高峰のセキュリティを所持している、などと機能を伝えるマーケティング手法を採っていました。しかしユーザー目線に立つと機能の説明をされても響きにくい部分があるのではないかと仮説を立て、新しく「社会課題訴求型」のマーケティング手法をメンバーズ側から提案しました。
「社会課題訴求型」とは?
── 「社会課題訴求型」のマーケティング手法とはどのようなものか、詳しく教えていただけますか。
社会課題訴求型のマーケティング手法は、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の考え方が根底にあります。
CSVとは利益等の経済的な面のみを優先してビジネスに取り組むのではなく、社会課題を解決することをベースにビジネスをして、社会価値と経済価値の両方を実現する考え方です。
メンバーズでさまざまな調査をした結果、「他より何%安いから買ってください」のような経済的な訴求や機能的な訴求よりも、「社会課題を解決していくためにこういったサービスを提供しているので協力してください」といったように、解決したい社会課題を訴求したアプローチの方がユーザーの共感度が高いことがわかりました。これが「社会課題訴求型」と呼んでいるものです。
今回の「ワンタイムパスワード」の案件でも、社会課題訴求型のマーケティング手法を取った方がサービス利用者が増えるのではないかと仮説を立てて提案した形になります。
── 今まで機能訴求型のアプローチが取られていた中で、このような提案はすんなりとは受け入れてもらえなさそうですが…。
はい、正直最初は受け入れてもらえませんでした。キャッチコピーなども考えてクリエイティブに落とし込んでの提案もしたのですが、新しいアプローチだったこともあり本当にこれで大丈夫なのか? とみずほ銀行様も決めきれない感じでしたね。
── 前例がないと受け入れてもらうのは難しいですよね...。
そうですね。提案がなかなかまとまらず、みずほ銀行様の担当者の方と頭を悩ませていました。そこでお互いの意思疎通を図るために、ワークショップをすることになりました。
訴求する社会課題を明確化する「ゴールデンサークル」
ゴールデンサークルとは
── ワークショップはどのような形で行ったのですか?
ワークショップでは「ゴールデンサークル」という手法を使って、クライアントと共にワンタイムパスワードの持つ課題や目的を整理していきました。これは社会課題解決型のアプローチを採るときに社内でよく使っている手法です。
ゴールデンサークルとは、マーケティングコンサルタントであるサイモン・シネック氏が提唱したゴールデンサークル理論の中で使われたものです。
ゴールデンサークル理論では、上記にある円の内側から順に、WHY(なぜそのサービスを実現するのか)、HOW(どうやってこの世界観を実現するのか)、WHAT(何を提供することでこの世界観は実現するのか)の順でメッセージを伝えると共感を生むと言われています。
── どんな世界観を実現したいのか、サービスの提供理由から考えるのですね。
「安全や安心を守る」という価値への気付き
──ワークショップはどのような流れで進めたのですか?
まずゴールデンサークルについて、クライアントと一緒にTEDの動画を見て知識をインプットするところから始めました。
その後、今回のお題である「ワンタイムパスワード」ではどういったWhyが考えられるのか、サービスの存在価値や意義は何かを2グループに分かれてディスカッションしました。
── どのような「Why」が出てきたのでしょうか?
ワークショップをする中で出てきたのは、みずほ銀行ではお客様の安全や安心を守るためにサービスを提供しているということです。銀行としてセキュリティを高めるためにさまざまな取り組みをしてはいるのですが、それだけではお客様の被害を防げない。銀行が努力することは前提として、お客様を守るためには「ワンタイムパスワード」を利用して貰いユーザーであるお客様の側からもセキュリティの質を高めて貰うよう銀行から働きかけていく必要があるよね、と話が挙がりました。
── 銀行側とユーザー側と双方が協力してセキュリティの質を高めないといけないのですね。
そうなんです。その気付きから、「ワンタイムパスワード」というサービスを提供している目的やみずほ銀行様の想いの部分が明確になりました。
そこで改めて当時のWebサイトに立ち返ってみたところ、みずほ銀行様の想いがあまり表現されておらずユーザーに伝わっていないなと感じました。
不正送金被害を無くしたい
そのあとはみずほ銀行様が持つ想いや実現したい世界観を伝えるためには、どのような社会課題を中心にアプローチしていけば良いかを話していきました。ここに繋がる社会課題として挙がったのが、不正送金被害です。
インターネットバンキングの不正送金被害は、年間約425件、被害額約10億円*になると言われています。WHY(お客様の安全安心を守りたい)、HOW(それを妨げている不正送金被害という社会課題を無くしたい)、WHAT(そのために「ワンタイムパスワード」を提供している)との流れを踏まえてユーザーとコミュニケーションしてはどうか、とその場で合意を得ていきました。
*出典:平成29年中におけるサイバー空間をめぐる驚異の情勢等について
平成30年3月22日 警察庁, 10-11p
── ワークショップの場でクライアントと合意を得ていったのですね。
はい。合意が取れたあとは出てきた意見をまとめつつ、デザイナーがその場でプロトタイピングしつつ、ランディングページのデザインを考えていきました。
── その場でプロトタイピングしていったんですね。クライアント側の反応はどうでしたか?
関係者が同じ場所に集まってワークショップをやる意味は、クライアントと一緒に作っていけるところにあると思っています。その場でデザイナーにアウトプットを視覚化してもらうことで、クライアントとメンバーズとで共に作り上げている実感を持ってもらうことができて、納得感や満足感高く参加いただけました。
社会課題解決型がもたらした成果
── ワークショップのアウトプットを元に、社会課題訴求型のコンテンツを新しく作成したのですよね。効果はいかがでしたか?
社会課題訴求型のランディングページを作成したのですが、従来の機能訴求型のものと比べてメルマガ配信時のクリック率が1.5倍、コンバージョン件数が13倍まで伸びました。
── 大幅に伸びましたね。今回の取り組みを経て、クライアントとのやり取りに何か変化はありましたか?
ワークショップを1度やったことでお互いの考えが共有できましたし、みずほ銀行様の意見も十分に踏まえた提案に繋がったため、実施以前と比べてにスムーズに提案を受け入れて貰えるようになりました。
ワークショップは1回3、4時間かけて多くの関係者が集まって実施するため、コストが高いように見えるのですが、その場でいろいろな意見をすり合わせることができるので、毎回定例会をやるよりも負担が軽く進められたかなと思っています。
── 最後に、今後の展望について聞かせていただけますか。
今回、みずほ銀行様の中で「社会課題訴求型」のアプローチを取り入れた成功事例をひとつ作ることができました。「ワンタイムパスワード」案件で引き続き取り組んでいくのはもちろん、今後はさらに領域を広げてアプローチしていきたいと考えています。
── 今後の展開が楽しみですね。本日はありがとうございました。