UXデザインやデザイン思考のプロセスを始めるには、まずユーザーをよく知る必要があります。
一からプロジェクトを始めたり、新しいマーケットに進出したりするときには、ユーザーについて経験や深い知識を持っているわけではありません。ユーザー観察やインタビューといったエスノグラフィー調査を使えば、ユーザーが実際どのような人間なのか、どのような環境で生きているのかを知ることができます。それにより、ユーザーがどのようにプロダクトを操作するのかについて、貴重な知見が得られます。
エスノグラフィーには特有の課題が存在します。主なものとして、エスノグラフィーは定量的なプロセスではありません。整った数字やグラフ、図といった成果が得られるわけではなく、要約しにくい雑多なデータが大量に得られる定性的なプロセスです。また、リサーチの中に自分のバイアスや思い込みを入れないようにするのは難しいことですし、不可能だと言う人もいます。
この課題を念頭に、エスノグラフィー調査からより多くのものを得るための、7つのシンプルな方法を紹介します。
1. 多様性を重視する
リサーチチームを組むときには、多様性のあるチームを作れるよう時間を費やす必要があります。特定のバックグラウンドからメンバーを集めるのではなく、さまざまな分野のチームメンバーを選びましょう。異なる専門知識を持つ人々が混ざりあえば、チームの可能性と考え方の幅を広げることができます。加えて、チームの観察結果に対してさまざまな解釈を提供することもできるでしょう。リサーチでは、クライアントやデザイナー、開発者だけでなく、可能ならばエスノグラフィーの専門家からもインプットを得るべきです。
専門知識の多様性だけでなく、人種やジェンダー、年齢などにおいても、多様なバックグラウンドを持つチームにしましょう。実際、スタンフォード大学経営大学院のアダムス卓越教授であるMargaret Ann Neale氏は、チームの多様性が高まるとパフォーマンスが向上することを発見しました。加えて、多様なメンバーの中で生まれる意見の衝突によって、均質なチームよりも大きなイノベーションを生み出しやすいと主張しています。
さらに、メンバーの多様性だけでなく、参加者の多様性にも注目すべきです。ジェンダーや人種などによって他者からの期待や役割が異なるような国や社会では、これは特に重要です。また、極端なユーザーにインタビューすることも考えなければなりません。たとえば、ターゲットユーザーにインタビューするのではなく、プロダクトの熱心なファンや、絶対にプロダクトを使わないであろう人にもインタビューしましょう。
もし誰もがまったく同じだったら、世界はきっとつまらないでしょう。幸いなことに、この多様性こそが、強力な問題解決の方法です。
2. 対象者について考慮する
現実の生活には、同じ対象を「半分空っぽのグラス」と見なす人と、「半分入っているグラス」と見なす人がいます。稀に、グラスの中身を自分で飲んだのに、空っぽであることを誰かのせいにする人もいます。それぞれのタイプの人は、物事を違うように体験するでしょう。
これらの人々には多くの共通点があるので、それぞれの人々を調査の対象に入れる必要があります。個人のたった一つの性格が、すべての共通要素より重要かもしれません。一人ひとりのマインドセットを深く掘り下げ、リサーチに貢献できるようにそれらを理解する必要があります。ターゲットユーザーが全員同じ視点から世界を見ていると考えてはいけません。同じDNAを持っている、同じ場所に住んでいる、同じ方言を喋っているからといって、彼らに特有の共通点がある証拠にはなりません。
3. リサーチに参加する動機を作る
優れたリサーチを始めるためには、まず対象者と良い関係を作らなければなりません。対象者と親密な関係を築き、彼らに共感を示して理解する必要があります。私たちとの関係を快適に思ってもらえたら、彼らはプロセスに参加することを快く思ってくれるでしょう。
たとえば、International Development Enterprises(IDE)Ethiopiaが小規模農家の収入について詳しく知ろうとしたとき、デザインチームは農家に一晩泊まることにしました。農民の一人は、初日は彼らを警戒していて表面的なことしか話しませんでしたが、次の日も彼らがいるのを見て驚きました。それからは、彼のチームに対する態度は変わり、人生を向上させる長期的なプランについて語り始めました。デザインチームが一晩泊まったことで、農民はチームが本当に自分のことを気にかけていて、短期的な成果を得るためではなく長期的に自分たちを助けるために訪れたのだと実感したのです。
自己紹介にしっかり時間を取り、何をしようとしているのか説明し、最初から質問を受け付けましょう。対象者の発言、言動が私たちにとって重要で価値があるということを、プロセスの中で示すようにしてください。
4. 対象者に感じたことや行動したことの理由を説明してもらう
ほとんどのリサーチャーには知識があるでしょう。そのため、リサーチャーは見聞きしたことを自分で説明できると思い込む傾向があります。しかし、これはリサーチの方法としては好ましくありません。リサーチチームのメンバーがどれだけ優秀でも、彼らはリサーチの対象者ではないからです。ユーザーの振舞いの理由を推測したり決めつけたりするのではなく、ユーザー自身に説明してもらわなければなりません。彼らの回答に耳を傾け、語られていない部分を理解し、ボディランゲージを観察するべきです。彼らのプライドが邪魔をしているのかもしれませんし、適切な言葉が見つからなくて困っているのかもしれません。対象者の答えから、彼らが直面している問題に対する鋭いインサイトが明らかになることもあります。
5つの「なぜ」を用いる
「5つの『なぜ』」という方法は文字通り、ユーザーに「なぜ?」と問いかけるシンプルなモデルです。対象者が自分の行動を説明したらつねに、私たちは「なぜ?」と問いかけてください。私たちが「なぜ?」と質問するたびに、相手は自分の中の理由を少し掘り下げるために、自分の立場を見直すことになるでしょう。何度も「なぜ?」と聞くのは、始めは奇妙に感じられるかもしれません。しかし、対象者の行動の本当の理由を見つけるために彼らを掘り下げるうちに、重要なインサイトを獲得できるでしょう。
5. 物理的な条件に目を向ける
プロダクトやサービスを使う体験は、個人の嗜好だけでなく、使われる環境にも関係します。対象者がタスクをこなす状況の中に障害は存在しないでしょうか? たとえば、分厚いゴム手袋をつけて生活している人に、先進的なタッチスクリーンのインターフェイスはうまく使えないかもしれません。
エスノグラフィー調査を動画や写真に記録しましょう。そうすれば、ボディランゲージといったサインや、プロダクトやサービスの使い方に影響したり、ユーザーの反応を左右したりするような環境の条件をあとから見直すことができます。
6. ソリューションを決めつけない
リサーチにバイアスが掛かるもっとも一般的な原因は、ソリューションを決めつけることです。断定すると、知らず知らずのうちに私たちの質問や観察、理解が、ユーザーが示す方向ではなく、自分たちが望む方向に進んでしまいます。偉大なるSherlock Holmes氏(著者のArthur Conan Doyle氏)は次のように述べました。
「すべての証拠を集める前に理論化しようとするのは大変な間違いだよ。判断を偏らせることになる。」
-Sherlock Holmes氏『A Study in Scarlet』(1887)
まずはリサーチを実施し、リサーチが完了してから、集めたデータを使ってソリューションを考えましょう。ユーザーテストはもちろん重要なので、エスノグラフイックリサーチにソリューションを取り入れてはいけないわけではありません。バイアスのない状態でユーザーを観察できるようになってから、ソリューションを取り入れるべきです。ユーザー体験、人間中心のデザイン、デザイン思考のプロセスはいつでも、ユーザーを知ることから始まることを念頭においてください。
7. インサイトを図示し、客観性を確認する
リサーチ結果を分析するときには、最初はメンバー全員が個別にアイデアを出しましょう。ポストイットに書き出して壁に貼っていってください。こうすれば、チームが内容を簡単に検討するために共通のアイデアをまとめることができます。
では、なぜチームメンバーそれぞれのインサイトが必要なのでしょうか? これらのインサイトは同じデータに基づいているでしょうか? もしそうでないのなら、別々のデータに基づいているものを互いに比較することに意味はあるのでしょうか? 調査対象者が行動した理由についてのあらゆる解釈は主観的ですが、それでもこれらの解釈は客観的な事実と観察に基づいているべきです。
ソリューションはレビューをする中で生まれる必要があります。レビューを何度も繰り返し、恐れずにチームメンバーをプロセスに巻き込みましょう。
この写真のように、デザインのソリューションを思いつくまでの経路は一本道ではありません。
まとめ
エスノグラフィー調査は本質的に人間中心なので、ユーザー体験やデザイン思考のプロセスに多大な価値をもたらします。期待したプロセスの結果に固執せず、デザインの対象となるユーザーに注目し、共感し、真剣に耳を傾けて理解することが重要です。
バイアスを生みかねないものに注意を払い、それを消し去るようにしましょう。また、最高のインサイトを得るために、できる限りチームに多様性を持たせることも必要です。エスノグラフィー調査をより効率化する7つの方法を念頭に置けば、ユーザーからより多くのものを学べるでしょう。