もし1つだけ超常的な力が手に入るとしたらなにを選びますか?
私なら未来を予見できる予知能力を選びます。想像してみてください。株式市場はもちろん、あらゆるギャンブルで大儲けできるだけでなく、プロダクトやアイデアが実現されるのかずっと前にわかってしまいます。たとえばFacebookやTwitterが世に出る前にそれらをつくることができます。フラットデザインが主流になるずっと前にそれをつくり出して、友達をあっと言わせることもできました。いつでもどのデザインがうまく行って、どのようなアイデアが成功するのかを知ることができるでしょう。時代遅れのデザイナーになることは決してなく、いつでもスーパーデザイナーでいることができます。
残念なことに予知能力などというものは科学的な事実ではなく、いつまでたってもSFのままです。しかし、未来を見通すために役立ちそうな1つのすばらしいツールがあります。そのツールは「デザインスプリント」と呼ばれます。スポーツの試合でどちらのチームに賭けるかを決めるときには何の役にも立ちませんが、デザインやプロトタイピング、アイデアを検証するためのユーザーテストにおいて、重要なビジネス上の問題に答えるときには役に立ちます。
デザインスプリントはなにも新しいものではありません。今日(こんにち)ではちょっとした流行のようにも見えますが、デザイナーたちは何十年もの間、高速なデザインスプリントを使っているのです。その証拠にIDEOなどは「Deep-Dive™」と呼ばれるデザインスプリントのようなものを1998年頃に行っています。
デザインスプリントを実行するための決まったレシピがあるわけではありませんが、Google VenturesのJake Knapp氏とBraden Kowitz氏が5日間のデザインスプリントの方法(詳しくは彼らの名著「Sprint」にまとめられています)を発表して以降、これが事実上の標準になっています。Knapp氏とKowitz氏は彼ら自身のスプリントを「ビジネス戦略、イノベーション、行動科学、デザイン思考その他あらゆるものが、どのようなチームでも使えるような信頼性の高いプロセスにまとめられた傑作」であると説明しています。私は彼らのプロセスが大好きで、皆さんにも彼らの本を手元に置くことを強くおすすめします。
ですが、私の心の奥底には、いつも引っかかるものがありました。UXデザイナーの職業病かもしれませんが、私はどうしても彼らの5日間のスプリントのプロセスがそれほどユーザー中心ではないように思えるのです。どういうことなのか説明していきます。
一般的な5日間のデザインスプリント
Google Venturesが普及させた一般的な5日間のデザインスプリントは、通常次のように進められます。
1日目(月曜日)
チームで集まり、直面している問題をマッピングします。フォーカスすべき対象を選び、インサイトを得るために多くの専門家と会話をします(あくまでユーザーではなく、専門家であることに注意してください)。
2日目(火曜日)
専門範囲の内外を問わず、対象に対して考えられるソリューションを検討し、可能な限り多くのアイデアをスケッチします。
3日目(水曜日)
最良のアイデアを選択をします。選択したアイデアを実現するためにストーリーボードを作成し、それを実行し始めます。
4日目(木曜日)
さらにアイデアを実現に近づけるため、プロトタイプのデザインと構築を行います。この段階で最終成果物をつくるのではなく、あくまで試すだけのものです。
5日目(金曜日)
現実的なシナリオを使用して、実際のユーザーでプロトタイプをテストします。すばらしいチームのおかげでデザインスプリントが成功したことを喜びます。
何が問題なのか
確かにこの中には優れた要素がたくさんありますが、最後の最後までユーザーが登場しないことに気が付きましたか? IDEOのDeep-Diveとは違って、このプロセスの中には前もってユーザーからなにかを発見するための作業がなく、「専門家」といくらか会話をする機会があるだけです。
これは昔によくみられたユーザーがプロジェクトに関与する機会はほとんどなく、もしあるとしてもリリース直前にユーザビリティテストを行う段階だけという状況といくらか似ています。あるアイデアやデザインのプロセスにおいてユーザーが関与するタイミングがあまりに遅いと、必然的に数多くの仮定に基づいてプロセスを進めることになります。これらの仮定をテストするのに4日間しかないわけですが、これはユーザー中心のデザインを実践するには理想的な方法と言えません。
良質なデザインはしっかりとしたインサイトを根拠としてつくられるものですし、そうしたものこそがユーザーの生の声との繋がりなのです。直接的なインサイトが得られれば、問題のどの部分にフォーカスすべきなのか、またどの解決策が最もうまくいきそうなのかが明確になり、ユーザーに対する共感を醸成できることはもちろん、アイデアを考えるプロセスがさらにやりやすくなるのです。
彼らの名誉のために言っておきますが、Google Venturesはデザインスプリントの前にユーザーインタビューを行うことを推奨しています。しかしこれはあくまでデザインスプリントの外側の作業であり、つねにこの作業を考慮して行うことは困難です。この段階のインタビューではスプリントのチーム全員が関与しないばかりか、スプリントにおけるターゲットが決まっていないので、どのようなインサイトが必要なのか、どのようなアプローチがベストなのかも決めることが難しいです。
よりユーザー中心な5日間のデザインスプリント
ではなにを変更する必要があるのでしょうか。いまあるプロセスの大部分は素晴らしいものです。欠けている重要な要素は、ユーザーから得られるインサイトを素早く集めるための事前調査であり、デザインにしっかりした土台を与えるための作業です。よりユーザー中心を指向した5日間のデザインスプリントは次のようになります。
1日目(月曜日)
まず、どのような質問に答えてほしいのか、フォーカスしているユーザーはどのような人たちなのか、解決すべき課題は何なのかを決めることから始めます。午前中に、ハイレベルなユーザージャーニーマップを作成して、午後に検証したい仮定や仮説を立てていきます。
注力すべき課題と領域に合意したら、午後はインサイトを素早く集めることに注力します。つまりオフィスを出てユーザーにインタビューを行い、観察し、極めて限られた時間の中で可能な限りインサイトを得ることになります。この場合、事前に準備が可能なユーザーインタビューなどの取り組みが有効です。
また、チームを分けてより広範囲をカバーすることもおすすめです。特にペアでの行動はうまく機能します。もっとも重大な不明点や重要なユーザーのタスクにフォーカスしましょう。ここで得られたインサイトが残り4日間のデザインスプリントに役立つはずです。
2日目(火曜日)
午前中は前日の午後に得られたインサイトをまとめ、レビューを行います。
これを行う方法として、違う種類のインサイトには別の色のポストイットを使用しながら、すでに用意したハイレベルのユーザージャーニーにマッピングするとよいでしょう。たとえば、ペインポイントはオレンジ色、ユーザーのニーズは緑色といった分け方をします。
専門家と一緒にハイレベルのユーザージャーニーマップをレビューして、新たな気づきを探し、残っている疑問を解決するのに役立てましょう。
午後にはデザインスプリントの対象を絞り、既にある解決方法をレビューしつつ、自分たち自身の新たなアイデアを考え始めます。
通常、ユーザージャーニーの重要な部分や、満たされていないユーザーのニーズなどの有望な機会にフォーカスする必要があります。対象を絞り込むにはドット投票が有効な方法です。たとえば、全員に小さな丸いシールを3枚ずつ配り、各人がデザインスプリントの対象にすべきだと思うエリア(複数可)にシールを貼ってもらうやり方です。
デザインスプリントの対象および、その対象に関する多くのインサイトを集めたものついてチームの合意がとれたら、少し時間をかけて既存の解決方法をレビューし、これらについて検討と議論する必要があります。この中には専門範囲内外問わず、すべての解決方法が含まれるべきです。興味深いアイデアであればたとえば、他の業界や領域のものであってもここで議論して構いません。
ユーザーから得られた多くのインサイト、それから既存の解決方法の例が揃ったら、残るこの日のタスクは自分たち自身のアイデアをいくつか素早く出すことです。「How Might We」というフレームワークを利用すれば、課題をとらえやすくなります。
たとえば、我々はどうすればスーパーの買い物客のレジでの体験をもっとよいものにできるだろうか? というような使い方です。Sketch StormingやWorld's Worstといったデザインゲームを使えば、より多くよいアイデアを思いつきやすくなるかもしれません。
3日目(水曜日)
良いアイデア、悪いアイデア、そのどちらでもないアイデアも含めてチームのメンバーは前日にたくさんのアイデアを思いついたはずです。皆さんにはできればぐっすり寝てもらって、この日は新たな気持ちで思いついたアイデアを振り返り、もっとも見込みのある1つ(または複数)のアイデアを選びましょう。ここでもドット投票が使えます。
もっとも見込みがあるアイデアを選んだら、次はこれを実現に近づけるためにストーリーボードをつくります。ストーリーボードは、ユーザーがそのアイデアをどのように利用するかを説明した短編コミックのようなスタイルで作成します(下記参照)。これをイメージするために、次のストーリーボードの例を確認してください。
ストーリーボードを作成することは現実の世界において、アイデアがどのように機能するのかについて検討できるようになりますし、ユーザーにアイデアを評価してもらうためにどのようなプロトタイプをつくる必要があるのかを考え始めるヒントになります。9枚以上にならないようにして、スケッチはシンプルに、物語は短くわかりやすくすることを心掛けてください。ストーリーボードについてもっと知りたい場合は、Nick Babich氏の「The Role Of Storyboarding In UX Design article」がよい参考になります。
自分たちが選んだアイデアのストーリーボードができ上がったら、午後にはUIのアイデアをスケッチします。ユーザーにアイデアを評価してもらうためのプロトタイプに盛り込むべき画面とインタラクションにフォーカスしましょう。何回かスケッチを繰り返して、自分のスケッチが出来上がったら他のメンバーにもスケッチしてもらい共有するというやり方がおすすめです。
たとえば、ページやインタラクションについて全員に最大6パターンのUIのアイデアを考えてもらって、その中でベストなものを1つか2つチーム内でシェアします。それから全員で一番よいと思うものを選んでこれを繰り返しましょう。
4日目(木曜日)
チームとしてのプロトタイプをつくる段階です。今日は、チームが選んだアイデアをユーザーに評価してもらうためのプロトタイプを1つか2つ作成することに全力を注ぎましょう。
「1つか2つ」と言ったのは、チームが2種類の別々のアイデア、または2種類の別々のUIデザインをテストしたいと思うかもしれないからです。これがなぜ有効なのかについては、私の「Why you should always prototype & user test multiple designs」という記事を読んでみてください。
前日にストーリーボードとUIのスケッチを作成してあるので、チームはユーザーとアイデアを評価するのに十分なデザインのプロトタイプを作成する条件が揃っています。「十分な」とはつまり、忠実度の高さが十分で、十分な機能を満たしており、画面とインタラクションが十分揃っているということです。
ここでは、翌日のユーザーを交えたセッションで評価してもらいたい内容を考えてみればよいのです。なぜならそれがすなわち、プロトタイプを作成する要件になるからです。
たった1日でプロトタイプをつくり上げるのは大変な仕事です。私の経験上、これを成功させるためには作業をチーム内で分担し、誰もが選択したデザインツール、プロトタイピングツール(私の場合はAxureかSketch)を使用できるようにするのが効果的です。デザインの忠実度をほどほどに留めることもポイントです。
ピクセルパーフェクトなモックアップをつくろうとは思う必要はありませんが、一方で、ユーザーに簡素なスケッチだけを見せても、本物に近いものに対して示す反応のような有益な情報は得られません。
5日目(金曜日)
いよいよこの日がやって来ました。今日は、あなた方のアイデアとデザインが実際のユーザーの前に披露され、本当に良いものなのかどうかが明らかになる日です。幸いなことに、これらのアイデアとデザインは仮定ではなく確かなインサイトに基づいているのですから、なにも心配する必要はありません。
ユーザーテストのようなセッションを一日中行うのは大変なので、作業を分担したほうがよいでしょう。あるいは、より多くのセッションをこなすために小チームに分割することを考えてもよいかもしれません。
可能ならばセッションを事前に手配し、適切なユーザーのサンプルを集められるようにしてください。セッションの構成についてチーム内で合意を形成し、用いるシナリオができるだけ本番に近くなるようにしましょう。受動的な姿勢でユーザーにデザインを見てもらうよりも、積極的に手に取ってデザインを体験してもらうべきです。この他、ユーザーセッションを実施するにあたってのアドバイスは、私の「Usability testing hints, tips and guidelines article」という記事を参照してください。
スプリントを成功させるためのヒント
デザインスプリントのプロセスをよりユーザー中心にすることに加えて、あなたがスプリントをスムーズに走らせるために、次の4つのヒントを覚えておくことをおすすめします。
1. 5日間のスプリントを1、2、3日に縮めないこと
私は2日間のスプリントを試したことがあります。これはうまく行きません。
単純に5日間より時間が短いので適切なリサーチや検討、デザイン、プロトタイプ作成やアイデアの評価といったことにかける時間が不十分なのです。
2. 10時に始めて17時に終わる
これは私が、素晴らしいスプリントの本から学んだヒントです。
10時から17時までと聞くと短いように思うでしょうが、デザインスプリントは非常に集中力を要する負荷の高い作業なので、17時にはすぐにでも座り込みたくなり、冷たいビールが欲しくなります(私だけでしょうか)。
10時に始める理由は、メールをチェックするなど、仕事をする時間が少しでもとれるからです。もちろん、朝9時から始めるといううんざりするような事態を避けるためでもあります。
3. スプリントチームはできる限り少人数にする
デザインスプリントに関して言えば、チームは小さいほうがよいです。
少人数のチームは素早く動くことができ、機転が利きます。1チームあたり最低7人、最高15人にすべきでしょう。
4. 部屋にノートPCやモバイル端末を持ち込まない
気が散るからです。
厳しいようにみえるかもしれませんが、本当にスプリントに集中したいなら、それらの端末を部屋にこっそり持ち込む人がいないかどうか身体検査を行うということも必要です。
結論
良質なデザインは確かなインサイトに基づいてこそ構築されます。そうしたインサイトは、いわゆる一般的な5日間のデザインスプリントでは、手遅れになった段階でしか手に入りません。
より多くのユーザーを中心としたデザインスプリントプロセスを通じて、いち早くこうしたインサイトを発見するための作業をすることで、優れたデザイン思考に必要な基盤を構築することができます。