スマートホームの体験はどうあるべきか

Paul Boag

UXデザイナーサービスデザインコンサルタント、デジタルトランスフォーメーションエキスパート。非営利団体や企業のデジタルユーザーエクスペリエンスの向上を支援しています。大学、慈善団体、大企業がデジタルに適応したユーザーの変わりつつあるニーズに応えるための支援実績多数。

この記事はboagworldからの翻訳転載です。配信元または著者の許可を得て配信しています。

The Smart Home Experience – Is This the Best We Can Do?

Webサイト制作やアプリ開発においてデザインシンキングが席巻していますが、スマートホーム体験の領域においては、ほとんど活用されていないようです。

私は以前、消費者向け家電メーカーのCEOの方々にDXのワークショップを開催しました。冷蔵庫や電子レンジからテレビにエアコンまで、横断的にさまざまな製品を製作している企業のCEO達です。

そのグループが、スマートコントローラーで部屋の空調を調整するのに苦労したり、私のノートPCとスマートTVを接続するのにてこずる様子は皮肉なものでした。専門家集団が、彼らが売りにしているテクノロジーにまごついているのです。

その日の経験が私の好奇心に火をつけ、スマートデバイスの世界でなにが起こっているかを知るための探求が始まりました。

この調査のため、私はさまざまな種類のデバイスを購入・設定しました。

  • Google HomeAlexaといったスマートスピーカー
  • BelkinSmart ThingsSmart Lifeの製品を含むスマートプラグ
  • Lightwave RF rangeのようなスマート照明
  • TadoNestなどのスマートサーモスタット(自動温度調節器)
  • YaleNukiが取り扱っているようなスマートロック
  • HP Tangoを含めたスマートプリンター
  • RoombaDeebotなどのロボット掃除機
  • SonyとLGのスマートTV
  • Veluxのスマートウィンドウとブラインド

資金が底をつく程購入しても、やっとラインナップのほんの一部が揃った程度でした。近頃では電子レンジやケトルもスマートなのだそうです。買えなかったものに関しては調べることにしました。

スマートホーム領域のバリエーションは驚くほど豊富なうえ、日々違うカテゴリの商品が追加されているようです

私はまた、British GasやMorphy Richardsといった広くさまざまなスマートデバイスのサプライヤーとも話をしました。

この調査の結論がどうだったかというと、そのほとんどにおいて、ユーザー体験はひどいものでした。

スマートホーム体験の問題点

スマートホームデバイスを調整したり設定したり、使用したりする上で体験した数々の問題は、率直に言って眩暈がするほどひどいものでした。

誤解を招くマーケティング

デバイスの設置にはプロの手がいらないとよく広告されていますが、明らかな嘘でした。たとえば、私の妻は元プロのエンジニアですが、Lightwave RF スイッチ(電源を一括管理するスマートデバイス)の取り付けはほぼ不可能な挑戦と言えるものでした。

多くのスマートホーム商品は簡単な設置を主張していますが、経験がなければ難しいです

互換性の問題

互換性もまた、よくある大問題です。スマートロックはそのよい例です。特定のスマートロックがあなたのドアに合うかを調べるのはほぼ不可能です。また、多くのアメリカ製のロックがヨーロッパで(ヨーロッパ基準に準拠していないにもかかわらず)販売されているのです。

Nukiはロックがドアに合うかどうかがんばって説明していますが、それでも取り付けは無理でした

ひどいアプリ

最大の欠点の一つは、これらのスマートホームデバイスに付随するアプリだということがわかりました。アプリストアのレビューをさっと読むだけでも、この種のアプリの程度の低さは明らかです。私個人の経験もそのことを裏付けています。

ポジティブな口コミのスマートホームアプリはほとんどみつかりませんでした。この投稿者が書いているように、従来の消費者向け電化製品メーカーはアプリ開発会社ではないのです

さらに悪いことに、デバイスごとに独自のアプリがあるため、消費者にとってはとてつもない数のインターフェイスとの闘いになります。

乏しい相互運用性

そしてデバイスを相互に機能させるためのソフトウェアにも課題があります。これらの製品はGoogle HomeやAlexa、HomekitやIFTTTといったサービスと互換性があると謳っています。厳密には嘘ではないのですが、多くの場合、私のテクノロジーに費やした23年間の経験を総動員しなければいけませんでした。一般の消費者がどのようにこれを設定できると考えているのか、私には理解できません。

たとえば、SmartThingのモーションディテクターにより他のシステムのライトをコントロールすることは極めて難しく、返品するほかありませんでした。

説明の省略

ほかの大きな問題は、ほとんどの商品の説明書がひどいことです。設定・設置のための説明が、いくつかの図のみということがしばしばです。これは翻訳コストを省くためですが、結果として著しく説明不足となっています。特に組み立てや取り付けに関する説明に顕著です。

翻訳コスト節約のため図だけに頼った結果、説明がまるっきり不足していることがしばしばあります

標準以下のサポート

テクニカルサポートの助けを期待するのもやめましょう。サポートに配属されているスタッフは大抵の場合、商品理解が不足しているか、プロに頼むことを提案してくるだけです。また、肝心なプロを紹介することもできなければ、どこで調べるかも教えてくれません。

耐久性の低さ

設定が完了したとしても、デバイスがそのあとも動き続ける保証はありません。これらのデバイスは大抵電池切れや接続切れからの復帰がうまくいかず、ちょくちょく再起動が必要なケースもあります。

Google Homeですら期待のことがしょっちゅうです。iOSアプリはひどく動作が遅く、時折反応せず、Google Home自体はしょっちゅう照明やその他のスマートホームデバイスに接続できなかったと報告してきます。実際はできているときにもです。

私がiOSのGoogle Homeアプリを使用するときによく表示される画面です

まとめると、スマートホーム体験は極めて修正の必要性が高いです。しかし、そもそもなぜここまでひどい状態なのかを理解する必要があるでしょう。

なにがスマートホームクライシスを引き起こしているのか

スマートホーム体験の問題の核心は、これらのデバイスを製造する企業のほとんどに適切なユーザー中心な文化がないことでしょう。

伝統的な消費者向け電化製品メーカーが市場からのプレッシャーでスマートホーム分野に足を踏み入れたというのがこれらのケースのほとんどです。彼らは別の分野でデジタル化の影響による失敗を経験し、GoogleやAmazon、Nestといった企業にいち早く反応しようとしたのです。

問題なのは、これらの企業は状況に適応する必要性は理解しているが、それを実現するための明確なビジョンや文化、専門性がないことです。

そういったスキルセットの不足は大きく次の4つの事象に代表されます。

誤った前提からのスタート

私は、ほとんどのスマートホームデバイスが既存の商品群からどの商品に「スマート」の要素を追加しようかと選ぶところから始めているという強い印象を自身の調査から覚えました。

冷蔵庫のドアにタブレットを貼り付けただけのSamsungのFamily Hubは、この典型のように感じられます。この商品はどのような課題を解消しているのでしょうか? たしかに人は冷蔵庫になにかを貼りがちですが、それを電子化しただけではなんの付加価値も生み出してはいません。

タブレットを冷蔵庫に取り付けただけではユーザーのニーズや悩みを解決できておらず、スマートデバイスと呼べるものではありません

既存の商品と新しいテクノロジーを組み合わせるフランケンシュタインのようなアプローチでは、ユーザーのニーズや悩みを解決することはできないのです。

開発チーム主導のアプローチ

ほとんどの企業がこのフランケンシュタインアプローチを取っていることは驚くべきことではありませんでした。なぜなら、私が話をしたほとんどの家電メーカーも、こういった「イノベーション」が開発チーム主導で実行されたものと言っていたからです。ユーザー体験の原則や市場調査についてほとんど知らないチームがです。

そのことは、ほとんどの製品のインターフェイス(製品埋め込み式であろうとスマートフォンアプリであろうと)に良く反映されていると思います。

インターフェイスのほとんどはまるで時間を巻き戻したかのように思えます。昔の携帯電話やビデオデッキがやってきたのとまったく同じ過ちを繰り返しているのです。機能が多すぎて非常に使いづらいという過ちです。

ほとんどのスマートホームデバイスは未だに機能が多すぎて、非常にわかりにくいです

先ほど私のワークショップの話の際に触れたエアコンを例に取ってみましょう。予約機能や周囲の気温に自動で反応する機能はわかるのですが、誰もいまセットしたい気温を打ち込む方法をみつけられませんでした。

古臭いプロジェクト進行方法の踏襲

そして次は、ほとんどのスマートホーム製品の開発方法に関わる話です。私の調査によると、最終的にピカピカのインターフェイスが完成するまでのコンセプト決め・機能決めから組み立てまでの作業を、彼らは従来の一直線型のプロジェクト進行に則って実行しているのです。

プロトタイプやイテレーション(テスト→フィードバック→調整→テストのサイクルを短く回す開発手法)がほぼなく、実際のユーザーによるテストという非常に重要な工程もあまり行われないのです。基本的になにもわからない状態で開発しているということです。

また、従来のプロジェクト進行法に加え、製品ローンチ後のフォローもあまり行っていないようです。販売後のアップデートといえばアプリ周りやバグの修正くらいです。モニタリングもなければ、製品や付随する体験が改善されることもありません。

部門間の連携の欠如

最後になりますが、これらのスマートホーム製品には部門の垣根を越えて開発しようという意識が完全に抜け落ちており、ユーザー体験の最初から最後まで繋ぎ合わせようという考えがありません。その大きな原因は、(伝統的な企業の性質として)組織がサイロ(縦割り)化されていることがあるでしょう。

製品は開発チームがほぼ単独で製作し、マーケティングチームが販売し、カスタマーサービスチームがサポートしているケースが多いようです。これらの部門が連携し、心地よく一貫性のあるユーザー体験を提供していると言える根拠はあまり見当たりません。

しかし、何事においても言えることですが、わずかに例外は存在します。次はその例外についてみていきましょう。

いくつかの一線を画す好例

幸運なことに、スマートホーム領域のすべてを悲観することはないようです。スマートホームデバイスがどれだけ心地よく、便利なのかを示してくれた体験がいくつかありました。

Nestサーモスタット

Nestサーモスタットの設置と使用は非常によい事例です。調査用にはNestサーモスタットEを購入しましたが、そのユーザー体験は最初から最後まで素晴らしいものでした。

まず始めに、NestのWebサイトには商品やその取り付けに関して知りたかった詳細な情報が載っていました。購入前から問題なく設置するイメージができ、また必要な機能が備わっていることもわかりました。

Nestは最初の瞬間から、ユーザーの疑問、不安、ニーズに関しての理解を示してくれました

商品が到着し開封するまでの体験は、Apple製品と似た感覚がありました。高品質の商品を買ったのだという印象を与えるのです。雑な段ボールで直送されてきたかのような他企業の製品とは正反対でした。

商品の設置に関するサポートは笑ってしまうほどよいものでした。解説の細かさはおせっかいなほどでしたが、その分間違う要素はありませんでした。ケーブルをラベル付けするためのシールや、動画による詳細な解説、システムを特定するためのウィザードまでありました。

当然、良くデザインされたアプリもあります。しかし、商品の設定後はほとんど開いていません。Nest自体のインターフェイスがまるでシンプルさの化身で、しかもGoogle Homeとの連携がよいため、アプリはまるで余分なもののように感じてしまうのです。

Google Homeの設定と言えば、これがまた印象的でした。コマンドと気温設定を組み合わせた呪文ではなく、シンプルに寒いと言えば気温を上げてくれるのです。ワークショップの会議室でエアコンと格闘していたこととは対照的です。

Appleの社員により創設され、いまやGoogleが保有しているスタートアップと言えば、こうした使いやすさは当然に思えます。しかし私は、もっと驚くべき体験に出くわしたのです。

HP Tango X

スマートプリンターが最初に発売されてしばらく経ちますが、一般的に言ってあまりよいものではありません。インターネットに接続できるようにすることで、そもそも誰も抱えていなかった課題が解決できるようになっただけなのですから。「リモート印刷」などができるのですが、仕事上の限られた状況を除いて、その機能が役に立つ場面を想像できません。

多くのプリンターメーカーは深い考えなしにスマート機能を追加するだけでしたが、HPはユーザーが実際に抱える悩みを解決し、新しい収入源をつくり出しました

しかし、HP Tango Xは違います。なぜなら、インク切れというユーザーが実際に抱える課題を解決したからです。HP Tangoのユーザーはインクのサブスクリプションサービスを低価格で契約でき、インク残量が少なくなるとプリンターがHPに発注をかけ、インク切れになる前に新しいカートリッジが届くのです。

ユーザーの抱える悩みをテクノロジーで解決したこと自体もたしかに素晴らしいのですが、それだけではハードルが高いとは思いません。私が感心したのは、労力をかけずにユーザーの課題を解決しただけでなく、HPにとっての収入源も生み出したことです。

少し考えてみてください。ユーザーはアプリを開く必要もインターフェイスを操作する必要もありません。ただ新しいカートリッジが必要なタイミングで届くというだけです。私はなにもしておらず、インターフェイスもみていません。Golden Krishna氏が彼の著書で述べたように、最高のインターフェイスとはノーインターフェイスなのです。

そしてHPは、この利便性を享受する顧客から定期的な収入を確保したのです。

ほとんどの人がそうであるように、私も安い廉価版のインクを使っていました。それはHPにとっては奪い取られた収入源でした。しかし、この商品により顧客のユーザー体験を向上すると同時に失った収入源も取り戻したのです。なんと頭がよいのでしょう!

HPはスマートデバイスを販売することにより、取りこぼしていた定期的な収入源を確保しました

部分的にみれば、上記の2例を超えるユーザー体験を提供する製品はありました。しかし、それ以外の部分でのユーザー体験がそれほどよくありませんでした。そこが素晴らしいユーザー体験を生み出すための鬼門なのです。たったひとつの悪い要素が、ユーザー体験全体を台無しにする可能性があるのです。

それでは、どうすればこの事態を改善できるのでしょうか? 本当に素晴らしいスマートホーム体験をどう生み出すのでしょうか?

スマートホーム体験の改善策

スマートホームが直面する問題を解決する鍵は、他のデジタルサービスが同様に経験して来た苦悩の中にこそあります。それらの失敗から学び、いま起こり始めているベストプラクティスを取り入れるべきなのです。

申し訳ないのですが、ここでたくさんの専門用語を使います。スマートホームのメーカーはデザインシンキングやリーンUX、アジャイル開発手法を取り入れる必要があります。一足飛びに完成までこぎつけるのではなく、プロトタイプをつくり、テストとイテレーションを繰り返してソリューションをみつけるべきなのです。

そして、一番大事なことは課題を乗り越えるために部署を超えて協力することです。マーケター、デザイナー、開発部門、エンジニア、カスタマーサポートがユーザー中心なアプローチの下に団結し、それなりの製品を押し売りするのではなく、ユーザーの本当の悩みの解決に努めるのです。

未来はどうなるのか

幸運なことに、私は将来よい方向に向かうだろうという希望をもっています。過去にもうまくいってきたからです。新しいテクノロジーはほぼすべて、同じサイクルを通ります。

初期の段階ではとにかく商品を市場に出すことが目的です。高価格でユーザー体験もひどいものですが、アーリーアダプターを取り込むには十分です。

その次は機能性の勝負になり、機能過多で使いづらくなります。

そのうち安く製造可能になると、価格競争が始まります。しかしそれも長くは続かないため、最高のユーザー体験を提供する方向に進むのです。

いまはスマートホーム製品はまだ導入期にあります。いくつかの製品は販売され始めたばかりです。機能偏重になっている製品もあります。そして、価格競争フェーズに入った製品もあります。

しかし、メーカー側は自己満足している場合ではありません。これからはいよいよユーザー体験を改善し、顧客がお金を払ってもよいと思える利便性の提供にフォーカスし始めなければいけないのですから。


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