近年、多様な問題がデジタルプロダクトによって引き起こされ、UXデザインという観点から、エシカル(倫理的)な考慮は避けて通れません。
この連載「それぞれのエシカル」では、エシカルデザインに関心をもつクリエイターに焦点を当て、それぞれの観点でのエシカルに迫ります。
今回はデジタルプロダクトスタジオustwo London ltd.のリードプロダクトデザイナーの中村麻由さんに日々意識しているエシカルなことや、日常生活でどうエシカルデザインを取り入れていくのかを聞いてみました。
登場人物
ustwo London ltd リードプロダクトデザイナー 中村 麻由さん
株式会社メンバーズ LXグループ / UX MILK編集長 三瓶 亮
※以下敬称略
情報の透明性がユーザーとの信頼関係を生む
三瓶:中村さんが、エシカルデザインを考え始めたきっかけを教えてください。
中村:私がエシカルを最初に意識したのは2017年頃、イギリスのEU離脱の投票やアメリカ大統領選の際のソーシャルメディア上での議論や、フェイクニュースの広がりが語られていたときです。
またその頃、イギリスのUXデザイナーコミュニティでは1ユーザーの「欲しい」に着目しすぎて、長期間で見たときのユーザーへの影響や、さらに俯瞰した視点からの社会の影響が見落とされていたのではないかといった、今までのユーザー中心設計に対して、課題意識をもつ意見も出てきました。そこから自分たちがつくってきたデザインが本当によかったのかどうかと自問するようになり、エシカルを意識し始めました。
三瓶:ニュースの真偽やソーシャルメディア上の議論、つまり情報の伝わり方などから気になるようになったんですね。
中村:デザイナーの目線でエシカルが気になるのは、IA(情報設計)です。ユーザーがデジタルツールを使ったとき、どのタイミングでどういった情報を、どうやってユーザーにみせて、その情報をもとにユーザーがどのような意思決定をするか。そういったことを考えるのがデザインする側の責任ではないかと考えています。
一番わかりやすいエシカルなデザインは、わざと情報を隠したり、みえなくしたりと、ユーザーを騙そうとするようなインタラクションをしないことではないでしょうか。
サービスやプロダクトにエシカルさを感じるのは、企業側がユーザーに透明性をもって関係を構築していたり、誠実さをもってもっているときです。それは「人と人のインタラクションをつくろうとしている」と、感じることにも通じます。
情報のみせ方、言葉のトーンや選び方などの細かい場所で信頼性が上がってくるのだと思います。
三瓶:姿勢の問題ですね。
中村:そうだと思います。たとえば、イギリスでは「Monzo」というオンライン銀行サービスがあります。オンラインバンキングの口座を開けたり、電話番号で送金などができるサービスです。
Monzoではシステム障害などの問題が生じたとき、行った対応をブログやメールなどに分刻みで記載したり、チャートやグラフといったグラフィックを使って丁寧に説明をしてくれます。ただ事務的に事実だけを記載するのではなく、まるでユーザー1人ひとりに対して送っているかのようなメールが届きます。
銀行などの金融系サービスは、預けたお金がそのあとどうなっているのかもわからないし、データがどうつくられているのか全然わからないので、ブラックボックスになりがちです。運営側からしてみれば、セキュリティ的にどこまで情報を出すか難しい話だと思いますが、こうやって情報を細やかに出してくれると、信頼がもてます。
三瓶:確かにシステム障害時は、往々にして技術的な情報を出すだけになりがちですね。
中村:システム障害だけでなく、Monzoは最初の申し込みの瞬間から個人ごとの関係性を感じられる体験をつくっているので、ユーザーとの関係性を大切にしようという企業の姿勢が感じられますね。
三瓶:情報の出し方ひとつ取っても、エシカルなアプローチというのはあるんですね。
中村:そうですね。対面で行っているやりとりをオンラインで行ったとき、どれだけ人間らしさを残したインタラクションにできるかも気になっています。
常識を越えるクリエイティブを模索する
三瓶:普段のお仕事をしている中で、エシカルな判断をすることはありますか?
中村:私たちはクライアントワークが主なので、中には疑問をもつようなプロジェクトもあります。
仮に子ども向けのおもちゃアプリをつくることになったとします。
アプリの中で男の子はブルー、女の子はピンクで色をわけようという話になったとき、ustwoでは「男の子らしい色、女の子らしい色ってなに?」「小さい頃からそんなイメージを押し付けていいの?」と疑問に思ったメンバーが必ず出てきます。
そういった疑問がでてきたとき、プロジェクトを断るべきか、それともクライアントへその旨を考慮したチャレンジ提案をするか、あるいはそのまま言われた通りにするか、などの議論がおきますね。
三瓶:その都度、皆で議論しているんですね。
中村:全てを議論するわけではなくて、トップやリーダーが迷ったときや、グレーゾーンにあるプロジェクトなどは皆にメッセージが飛んできて議論がはじまります。その上で自分たちがどうしたいかを決定していきます。
ustwoには国籍も、ジェンダーも、教育環境も違う、さまざまなバックグラウンドをもつ人が集まっています。そうなると、いろんな視点から物事をみることになるので、なにかしら議論が起こります。だからこそ「それはよいことかもしれない、でももしかしたら誰かにとっては悪いことなのかもしれない」といった視点に気づきやすい面はあります。
三瓶:多様なバックグラウンドの方が自由に議論していくと、「あれも駄目、これも駄目」とタブーが増えるような印象もあるのですが、どうでしょうか?
中村:私たちは「だったら、なにができる?」という話になることが多いですね。
エシカルな話をしたときに、禁止事項をつくり過ぎると楽しくないですし、義務的になってしまうとなにもつくれなくなってしまいます。
先程のおもちゃアプリのような事例であれば、「いままで男の子向け・女の子向けという常識で考えていたけれど、その常識を越えるクリエイティブはなんだろう」と皆で議論します。
これはエシカルというより、デザイナーという人種はつねにそういうことを考えているのではないでしょうか。「いまはこれが常識だけど、他のやり方をやってみよう」と考えているからこそ、エシカルな部分でも「次をどうするべきか?」といった話をしやすいんだと思います。
三瓶:確かに、クリエイティビティをもって常識を破ろうと考えることは前向きで楽しい作業ですね。
議論のためのUIやプラットフォーム
三瓶:冒頭で、中村さんの関心事として「ソーシャルメディア上の議論」というのも挙げられていましたが、もう少し詳しくお聞かせください。
中村:イギリスのEU離脱問題のとき、TwitterなどのSNSでは賛成か反対かといったゼロサムな議論が多くみられました。
もともとTwitterなどは議論のためのプラットフォームではありません。だから議論のための情報のみせ方が考えられておらず、それ故にうまく議論ができないのかもしれないと考えています。
三瓶:議論をするための、情報のみせ方とはどういう形があるのでしょうか?
中村:「Kialo」というディベートするためのプラットフォームがあるのですが、UIのつくり方やみせ方が面白いんです。1個のテーマがあったときに、緑が賛成で赤が反対。そしてその1個の意見をみると、さらに細分化して、枝分かれしてみることができます。そうやってたくさん意見が出てきます。
三瓶:この形だと、いろんな意見を言ってよいという気になりますね。
中村:KialoのUIで好きなところは、1個1個の意見に信憑性があるかどうかみせるURLがあるところです。そうすることで、科学的ではなかったり、エビデンスがない意見もすぐにわかります。
情報の表示や優先順位が変わったとき、ユーザーがどういう意思決定するか興味があります。これからは情報のみせ方を考慮したUIも考えていきたいですね。
1人ひとりの意見に価値がある
三瓶:エシカルデザインを自分の日々の仕事で実践するイメージができていない方も多いと思います。なにかアクションに落としこむための、アドバイスはありますか?
中村:私はチームでなにかをつくるとき「これをつくることで、どのような世界にしたいか」をとことんメンバーと話しあうことが大事だと思っています。
三瓶:僕も最近そういったコミュニケーションは大事だと感じます。ですが、めんどくさいと思われないかな、と思うときもあります(笑)。
中村:確かに、特に日本ではエシカルな議論を好まない人が多いように感じていたので、あまりそういった議論は積極的にはしていませんでした。しかし、今回のようにお話する機会を得ると、意外と自分が思っていたよりも好意的に受け取ってもらえ、議論ができる人たちと出会えるということを知りました。
三瓶:意外と切り出してみると、乗ってくれたりしますよね。
中村:日本では人と異なる意見を言うこと自体、難しいですよね。自分の意見を過小評価し、なにか疑問に思ったときも空気を読んで言わない、という人が多いのではないでしょうか。「皆がこう言っているから、私も同じ」ではなく、皆と違う意見でも、言ってみるのは価値のあることだと思います。
意見がぶつかり合って、悩んでこねられて出てきたプロダクトのクオリティって、偉い人が言った意見だけを汲み取ってつくったプロダクトより、質が違う気がします。ちょっとエシカルなデザインとは、ずれるかもしれませんが…。
三瓶:でも意見を言う、というのは大事なスタートですよね。
中村:そうですね。私もずっと上司から「あなたの1意見に、価値があるから聞きたい」と言われ続けました。イギリスでは自分の意見を言わないと、参加していないものと同じような扱いをされる環境でしたので、議論をするトレーニングをしました。
なので私は、エシカルな視点で議論ができる環境をつくることがエシカルなデザインをつくる第一歩じゃないかと思います。
気づけない部分を気づくために
中村:私たちがいまなにができるか、という点では繰り返しになりますが、視点を変えることが大事です。
最近『Invisible Women: Exposing Data Bias in a World Designed for Men(透明な女性:男性のためにデザインされた世界でのデータバイアスを解く)』というジェンダーとデザインについて書かれた本を読んで、実はジェンダーの問題はユーザー中心設計の問題かもしれないという気づきがありました。
この本では、世の中のデザインの根拠となるデータが、社会のシステムを主導してきた男性のポジションからみたもので、女性の視点が入っていないということを指摘し、さまざまな事例を通してそれを説明しています。
たとえば、ある国では雪が降ったあと除雪車で雪を除雪しても、道で転んで怪我をする人がいたそうです。
なぜ怪我人が出てしまうのかリサーチした結果、除雪車を回るルートを決めていた担当者は気づかないうちに自分たちの通勤ルートばかりを除雪していて、家で育児をしている女性が歩いているルートを除雪できていなかった、ということがわかりました。
そのあと、さまざまな人が歩いているルートをリサーチして除雪ルートを決めなおした結果、道で転んで病院に行く人が減り、病院のコストが下がったという事例です。
三瓶:すごくエシカルなエピソードですね。
中村:この事例でやったことといえば、リサーチするときの視点を少し変えただけなんです。視点を変えるには、異性側からみてみたり、自分と違う立場だったらどうなる可能性があるかを考えたりしてみるとよいのではないでしょうか。
Googleの役員職だったSheryl Sandberg氏も、自分が妊娠してはじめて、自社の広すぎる駐車場が妊婦にとって辛い移動であることに気づいたそうです。気づいたあとはすぐにCEOへ妊婦専用駐車場を提案し、採用されたという話があります。
三瓶:自分がなってみないと気づかないですよね、なにごとも。
中村:ジェンダーや差別の話は片方が悪意をもって、もう片方を差別しているといった議論になりがちですが、この本を読んでいると、結局つくっている側が気づいてないだけなのかもしれないと思いましたね。
自分が生きてきた景色からでしか、問題がみえない場合もあります。チームの中にいろんな視点をもつほうが、問題を発見しやすいでしょう。
さまざまな体験をしてきている人たちが、いろんな角度からみることで、エシカルなデザインができていくのではないでしょうか。
三瓶:チームで取り組んだり、ユーザーの視点を取り込むというのもそういったことに気づくためですよね。本日はありがとうございました!