私たちが問題を抱えているとき、解決策を想像するのはとても簡単です。そして、その解決策は私たちの体験や責任のフィルターを通して検討されます。
たとえば、もし私がビジネスアナリストであれば、私は自分の統計的研究をみて答えを探そうとするかもしれません。
もし私がUXコンサルタントであれば、既存のユーザー調査をみてみたり、新しい調査を計画したりするかもしれませんし、私が開発者であれば、その課題を解決できる方法を示してくれるツールやプロセスを調べてみるかもしれません。あるいは、私がUIデザイナーであれば、UIインタラクションがどのように振る舞うかまで考えを進めるでしょう。
これらはすべて、それ自体確かで実績のある方法です。同時に、それらは基本的に、本質的に欠陥があります。なぜでしょうか?
問題は1人で解決できるものではない
それはこれらがいずれも、本質的な問題のほんの一部にしか取り組んでいないからです。プロダクトに問題がある場合、問題が一つであることはほとんどありません。ユーザビリティのみであったり、技術面のみであったり、UIデザインのみ、ということはまれです。大抵の場合、問題はそれらの組み合わせであって、その多くがチームや組織の問題から生まれた問題なのです。
この根本的な問題は、ユーザーにとって価値ある解決策を考えだすために、それらの人々が協力したり、お互いの専門技術を活用できていないところにあります。その解決策は、価値を提供した結果として、組織の利益や業務の効率の向上に結びつくのです。
共通認識としてのUX
しかし、この事態は誰のせいでもありません。みんな自分が得意とすること、自分が訓練を受けてきたことをやっているのです。欠けているのはUXに対する意識を共有することです。私が約30年かけて学んできたことは、この意識がなければ大量の時間やお金、努力が無駄になるということです。
私はこのことを深く、熱烈に信じているため、この題材について本を書きました。それは、『Think First』という本です。この本の核となる主張は、UXはすべての人にとって関係があることで、それは考えることから始まる、ということです。
なにを考えるかではなく、どのように考えるか
私が重役やチームリーダーの方たちと初めて話すとき、先ほどの主張を噛み砕いて説明します。そして、目標は彼らの既存のワークフローやプロセスを根本的に変えることではないと説明します。
それは、大企業などでは大抵うまくいかないですし、本質的な解決にも結びつかないからです。鍵となるのは、人々が自分のやっていることについての考え方やお互いの関係性を変えることです。
ユーザーへの影響を考える
また、次のように、自分の行う決定がユーザーにどう影響するかを理解してもらうことでもあります。
・プロダクトオーナーがチーム全体に相談しないでつくった仕様書は、本質的な問題を解決できるという保証がなく、ヘタするとそのチームは価値提供できないものに対して無駄に2週間費やす可能性がある
・ビジネスアナリストがUXデザイナーやユーザー不在で作り上げたユースケースは、ユーザーが求めているフローやインタラクションと逆行してしまうおそれがある
・データベース設計者がデザイナーや開発者と相談せずに行った施策は、ユーザーが求めるUIやインタラクションが欠けており、データをうまくみせることができない
・UIデザイナーがアナリストや開発者と相談せずに行ったデザインは、そもそもの設計よりも装飾に力が入ってしまい、予期せぬ予算リスクなどを生み出す
いかがでしょうか。各人が孤立して働いているときは、多くの時間や意識を一般論や事実、あらかじめ定められたニーズやアプローチに向けられています。我々は自分がいつもやってきたこと、いちばんよく知っていることをするのです。
UXレンズをもって考える
「認知」「期待」「動機」などの混沌とした人間の感情の部分がすっぽり抜け落ちてしまっているのですが、実はこれこそがよいUXの鍵を握っているのです。皆が、プロセスや一連のインタラクションでなにが起こりえるか、なにが起こるべきかを検討しているのですが、人々がそれらのインタラクションやプロセスについて「どう感じる」のか知るための「UXレンズ」が欠けているのです。
それに、デザイナーも含め、ほとんどの人は、根底にある期待や動機などを深く掘り下げる質問をしたり、調査を行ったりする訓練を伝統的に受けていないのです。その結果、成功の鍵となるものは決して浮かび上がらないのです。チームは一生懸命、長時間働くでしょうが、最終的には誰も満足させることができません。そんなのは嫌ですよね。
UXの専門家を雇うことは答えではない
よく「UXの人を雇えば」問題は解決すると言われることがあります。私も企業様とお仕事をするとき、往々にして私が彼らの問題を解決して、しかもその問題は未来永劫取り払われると勘違いされることがあります。
実際には、そうはなりません。皆が自分の担当する仕事を、よいUXというレンズを通して物事を考えられるようになるまでは。そして、行動する前に、次の3つの重要な質問を自問するまでは。
行動におこす前にする3つの重要な質問
1. これはやる価値があることか?
その時間と労力は、有意義で検証可能な結果をもたらすか? それは、有意義なUXに寄与し、ユーザーおよび事業に価値をもたらすか?
2. チーム全員が今つくっているものに対して合意は取れているか?
今つくっているものが何で、なぜそれが重要かについて、チームのメンバー全員が同じ理解を共有しているか?
3. それはどのような価値をもたらすのか?
その改善、特徴、機能は、顧客と組織にとって、望ましい結果をもたらすことを手助けするか? そして我々は、それがその価値をもたらすことを事実として知っているのか、それとも推測しているだけか?
もちろん、他の質問もあります。しかし、立ち止まってこれらのことを考えるだけでも、次に起こることをとてもよい方向に変えることが多いのです。これが私が説いていることで、組織と仕事をするとき最善を尽くして伝えようとするメッセージです。そしてそのメッセージが、私が『Think First』を書いた理由です。
行動の前にUXに基づく戦略を考える
私は、手を動かす前に考えるということが、いかに有用であるかを説明することに労を惜しみません。全ては戦略から始まるのです。重要なことがなにかがわかっていなければ、それが成功するかどうかもわかるわけがないのです。
戦略は生命線です。なにが有意義なUXであるかについて全員が戦略的に考えるようにできなければ、誰も欲しがらない、または使えないものをつくっていることになります。そうなってしまうと、その組織に成功はありません。企業の利益、市場の展開や営業経費の削減は決して実現しません。
自分の決定が戦略的な問題にどのように影響するかを考えるまで、努力に対する結果の比率は非常にアンバランスのままでしょう。確かに速く動いているかもしれませんし、恐ろしいほど量の重労働を苦労してこなしているかもしれませんが、実際はランニングマシンの上で走っているだけ、ということになるでしょう。