Johnは目が不自由です。Webサイトを閲覧したい時はスクリーンリーダーなどの音声ブラウザを使って、コンテンツを耳で聞いています。ニューヨークタイムズの記事を読むとき、文脈を補足する画像も同じくリーダーに頼ることになりますが、その場合、画像にalt属性の代替文字列が用意されているものに限られてしまいます。
WCAG2.0は現在のWebアクセシビリティのガイドラインですが、文字でないコンテンツ全てにalt属性テキストのような代替文字列を用意することを提唱しています。しかし、ガイドラインに合格したからといって、全てのユーザーが良い体験を得られるとは限りません。技術的なアクセシビリティの調整と実際のユニバーサルなUXの間にはギャップがあります。
これは、UXアナリストとして私がたびたび目にする、非常によくある問題です。全てのユーザーが使用可能なデザインと実装を求めて、私の時間の大半は開発チームへアクセシビリティやユニバーサルデザインに関するコンサルティングに費やされます。広範囲で、徹底的に立証されたアクセシビリティの基準が策定されているのにも関わらず、これは難しいプロセスです。そうした基準だけでは、普遍的に良いUXを提供するには十分ではないのです。
この記事では、こうしたギャップを埋め、広くアクセス可能なアプリケーションにするための新しい評価基準である「プレゼンス」という概念について見直していきましょう。
法律と機能のギャップ
ユーザーの擁護者として、今の基準だけでは良い体験を保証できないということを自分のチームに伝えるのは簡単ではありません。アメリカで現存する唯一のアクセシビリティに関する法律、セクション508は完璧からは程遠いものです。現在のところ、セクション508はWCAG2.0により近づけるよう見直しがされているところです。指摘されている改正点の一つは、セクション508への「機能的なパフォーマンス基準」の追加です。現在の必須要件では、特定の障害を持つユーザーのために、技術的なコンプライアンスと機能的なパフォーマンスとの違いが対処されていないのです。
更にことを複雑にしているのは、UXの価値を説明するのに欠かせないユーザビリティテストが、障害を持つユーザーにとってのユーザビリティを示してくれるとは限らないということです。
私がUXの仕事を始めた頃、まさにこの問題に直面したことがありました。 電子教材のプラットフォームを評価したのですが、法律的にはアクセシビリティの条件を満たしているものの、機能的なニーズに応えるものではなかったのです。このプラットフォームを利用した学生達は皆、同じ場所で 1学期間、教材全てにアクセスでき、ノートをとったり、ハイライト表示をしたり、ディスカッション用フォーラムに参加したりなどの機能を活用しました。最初のユーザーフィードバックはポジティブで、総じて電子教材プラットフォームは良い評価を得ました。しかし、大学側がこのプラットフォームを選んだ理由は、アクセシビリティの必須要件を満たしていると信じていたからです。
私はすぐに、アクセシビリティのガイドライン自体に大きな落とし穴があることに気がつき始めました。一番の問題は、目が不自由なユーザーはアプリケーションを扱うことができないということでした。スクリーンリーダーに対応していなかったのです。解決案は、目が不自由なユーザーが、教材のコンテンツを全てスクリーンリーダーとの互換性があるワープロにコピー&ペーストすることでした。技術的には、これでユーザーは教材のコンテンツを読むことはできましたが、授業の中心となる場では、教材全てにアクセスすることはできず、ノートをとったりする機能が使えませんでした。目が見えるユーザーは教材の文章をハイライト表示し、ノートをとることができました。スクリーンリーダーを使っているユーザーは、まずその参照したい文章のページ番号をメモし、ワープロにスイッチして、電子教材のプラットフォームにまた戻って、ページ番号つきのノートをとらなければなりません。メモをするだけなのに大変な労力です。
確かにスクリーンリーダーを使うユーザーも技術的にはアクセス可能ですが、UXは平等とは程遠いものです。このプラットフォームの実装は学生によっては問題があることを出資者に知らせはしましたが、私の個人的な見解が大きかったため、立証の根拠にはなりませんでした。
アクセシビリティのためのプレゼンス測定
アクセシビリティは、今ではユニバーサルな必要事項として受け入れられるようになってきています が、ユーザーリサーチをする者にとっては、まだ先を見据える余地がかなり残されています。アクセシビリティという概念は既に支持されてきており 、アクセシビリティのためのデザインの標準化で、そうしたUX向上のためのイノベーティブな方法論への土台もできてきました 。そこで、目が見えるユーザーとそうでないユーザーの体験を比較検討できる新しいユーザビリティ基準を加えます。すなわち「プレゼンス」を測定するのです。
簡単に言うと、誰もがアクセス可能なデザインというのは、障害の有無を問わず、ユーザー全員に同じコンテンツを提供するということで、全ユーザーの体験が同じ「プレゼンス感」を持てるということです。プレゼンスという言葉はいろいろな定義がありますが、コンピューターと人間のインタラクションという文脈では、ユーザーは「自分自身」と「コンテンツ」という2つのプレゼンス(存在)を感じているということが言えます。
・自分自身のプレゼンスとは、ユーザーがサイトのナビゲーション構造をいかに快適に使えるかということで、ページや構成要素の構造の中でユーザーが今どこにいるのかが分かっている状態をさします。
・コンテンツのプレゼンスとは、ユーザーが、情報と構成要素がそこに存在することがわかっている状態をさします。
目が見えるユーザーは、サイトやアプリケーションの中で、自分自身のプレゼンスをビジュアルな信号を通して維持できます。例えば選択するとハイライトされるメニューや、ブラウザーのスクロールバーの位置は、どちらもユーザーに位置を知らせてくれます。目が不自由でスクリーンリーダーを使っているユーザーの場合は、HTMLページのタイトルとARIAのランドマーク域内の間を参照することで位置感を得ています。どちらのユーザーも、アプリケーションやサイトの構造の中でこの位置感覚が必要になるのは同じですが、視覚的な信号で位置を知ることのできるユーザーの方が、より安定した体験を得られています。
同様に、ビジュアルデザイナーはヘッダーのスタイルやイタリック(斜体文字)、太字、パラグラフごとのスペースなどの異なる要素に、視覚的な階層やウェイトを調整してコンテンツ自体にプレゼンスを与えており、特定の効果をもたらしています。スクリーンリーダーを使っているユーザーは順序や文脈の説明、その他の非視覚的要素を通してしかこのコンテンツのプレゼンスを知ることができません。
プレゼンス調査は何十年もの間、ウェブとは別の形のビジュアルメディアの評価で用いられており、既存のメソッドは現在のユーザーテストやユーザビリティテストのフォーマットにあわせて調整することができるものも多くあります。UXの実践者として、ユーザーのプレゼンス感覚を測定し、目の不自由なユーザーが、目の見えるユーザーと同じ(ポジティブな)体験を得ているかどうか、アンケート調査などの方法で評価することができます。
プレゼンス感におけるアンケート
今のところ、ユーザーリサーチ用に特別にプレゼンスを測定する方法はありません。それでもなお、映画やテレビ、バーチャル環境やテレプレゼンス(遠隔同士で対話を可能にするシステム)などのリサーチでは、プレゼンス測定が使われています。これらは、媒介となるコンテンツとインタラクションを持つ人間の参加という点で、ウェブと似ています。プレゼンス調査に用いられるアンケートやエスノグラフィー調査などのツールは、ユニバーサルデザイン用のユーザビリティテストに適用させ組み込むことができるでしょう。
一つのタスクを完了したユーザーにアンケートを提示し、アンケート結果を晴眼者と視覚障害者とで比較する方法もあります 。「プレゼンス感」アンケートの分析結果は、二つのUXの違いを明らかにしてくれるでしょう。ユーザビリティの障害が、スクリーンリーダー使用のユーザーにあって、目の見えるユーザーになければ、技術的なガイドラインではアクセス可能なプロダクトであっても、実際のユーザーにはアクセスが難しいということをアンケートが示すことになります。
思考発話テスト(think-aloudテスト)でテスト実施者のセリフを導くのにもアンケートが使えます。このシナリオでは、テスト実施者がプレゼンス感の質問を用いて、ユーザーのフィードバックを促します。実施者は、晴眼者と視覚障害者双方の参加者に、リッカート尺度を使って、ボタンやリンクの認知度の点数をつけてもらいます。5点満点中、気が付かないなら1(低プレゼンス感)、すぐ認識できるなら5(高プレゼンス感)です。晴眼者は、目に見えるのですぐに5をつけるかもしれませんが、視覚障害者は、スクリーンリーダーがボタンを通過しなければ1をつけるかもしれません。こういった情報が、視覚障害者がある商品を購入するか、何も買わずにページを去るかの違いを生むこともあるのです。
The International Society for Presence Research (ISPR/国際プレゼンス調査協会)は、ホームページにプレゼンス調査研究や方法の大規模なリストを掲載しています。これらのメソッドのうちの二つ、the ITC Sense of Presence Inventoryとthe Para-Social Presence Questionnaireは特に、ユーザビリティ基準として、プレゼンス調査の適用にちょうど良い出発点となります。
ITC Sense of Presence Inventory(ITCプレゼンス感目録)
2001年にロンドンのゴールドスミス大学心理学科のJane Lessiter、Jonathan Freeman、Edmund Keogh、Jules Davidoffらが発表した記事です。様々な調査チーム間で統一した基本ラインを定める「信頼性のある効果的なメディア間プレゼンス測定」を提供したかったのだそうです。
このアンケートの「クロスメディア」という点は、ユーザーテストに役立ちます。例えば「次にどうなるかわかっていたと思う」といったセリフは、別のメディアのデザインであっても、ユーザビリティテストに簡単にマッチします。アンケート作成者は、「ユーザーの知覚力、認識力、運動能力」の違いが、プレゼンス感に違いを生む可能性があることに気を配ります 。実際にこのアンケートは、異なるメディア間のより普遍的なプレゼンス測定を規定するために開発されたものです。
擬似社会的なプレゼンス・アンケート
ブリティッシュ・コロンビア大学の研究者、Nanda KumarとIzak Benbasatは、コンピューターのインターフェースでのユーザーの「理解、つながり、関与、インタラクションの感覚」に焦点をあてたアンケートの使用について論文で解説しました。インターフェースをソーシャル・インタラクションの一面として扱い、ユーザーのインタラクション内のプレゼンス感に着目しました。アンケートには以下のような「はい・いいえ」で回答する質問があります。
- ABC.comは私のニーズを理解しようとした。
- ABC.comは私の目的を理解していた。
- ABC.comは私がしようとしていることを理解していた。
- ABC.comは私の決定に影響した 。
ユーザーの、こうしたインタラクション要素の認知に注目することで、ユーザー研究者は、晴眼者と視覚障害者のレスポンスの違いを探すこともできます。晴眼者と視覚障害者のエクスペリエンスの違いが存在するところには、公平なユニバーサルエクスペリエンスを創造する機会が存在します。
法的な必要要件を超えたアクセシビリティ
プレゼンスのメディアテストは、ユニバーサルデザインをターゲットにするユーザビリティテストを作成するのにすばらしい出発点となります。障害のあるユーザーとそうでないユーザーの違いを評価する方法にはまだまだ改善の余地があります。
UXの実践者がスクリーンリーダーを利用するユーザーのエクスペリエンス向上の新しい方法を見つけ、テストするためには、現在あるガイドラインや規定以上のものを求める必要があります。それはコンプライアンス(法令遵守)のためではなく、ユーザーのためにデザインするためです。そのための出発点をいくつかご紹介しましょう。
・Web for Everyone: Designing Accessible User Experience(みんなのためのウェブ: アクセシブルなユーザーエクスペリエンスのデザイン)の記事を読み、アクセシビリティのためのデザインの基礎を学びましょう
・Web AIM(Web Accessibility in Mind = ウェブのアクセシビリティを念頭に)は、アクセシビリティの基準や評価ツールに関する情報を集めるのに役立ちます
・プレゼンス調査のメソッドや現在の研究について調べたい人にはまずはThe International Society for Presence Research(国際プレゼンス調査協会)をお薦めします
・近く改定される予定のセクション508を常にチェックしておきましょう 。アメリカの政府用アクセシビリティ・スタンダード、連邦政府のIT機関もまもなくWCAG2.0に従うようになります