古典絵画から学ぶデザイン

鈴木孝典

イラストレーター・デザイナー。株式会社ウルトラ所属。

デザインという言葉は今日では一般的ですが、デザインという言葉がなかったような過去の古典美術の世界でもデザインの概念はありました。絵画というと、デザインというよりファインアートの印象が強いですが、過去の画家たちから学ぶことも多くあります。そこで、今回は古典絵画から学ぶデザインについて説明します。

絵の情報量

モチーフの置き方で変化するもの

こちらに2枚の絵があります。
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Aは木の隣に猫がいます。Bは木の後ろに猫が配置されています。どちらも同じ要素で描かれていますが、違いは何かわかるでしょうか。

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答えは「情報量」です。

Aの場合、木と猫が並んではいるものの、3次元で考えたときに「どちらが前にあるのか」や「どちらが後ろにあるのか」がわかりません。わからない、ということは観るほうにとって情報が与えられてない、ということです。

一方、Bは確実に「木が前で猫が後ろにいる」という情報を観る人に与えます。つまり、AとBは同じ要素で描かれたモチーフであっても、Aに比べてBの方が情報の量が多いのです。絵は置き方一つで情報量が変わるのです。

画家は情報の密度のバランスを保っている

絵の面白さを決める要素に、情報の密度のバランスがあります。つまりメリハリです。

こちらは18世紀フランスの新古典主義の画家、ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis Davidが描いた「ホラティウス兄弟の誓い」という絵です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9%E5%85%84%E5%BC%9F%E3%81%AE%E8%AA%93%E3%81%84#/media/File:Jacques-Louis_David,_Le_Serment_des_Horaces.jpg

この絵の左側に3人の男が奥に向かって並んでいます。3人は手を上げていて、それぞれが微妙にずれて重なっています。人物を描く場合、この人物の配置の仕方はかなり特殊であると言えます。なぜなら重ねて描くことで、奥の人物たちが手前の人物で隠れてしまうからです。

この絵も、先ほどの猫と木の絵のように、情報量という視点で捉えてみると、ある特徴が浮かび上がってきます。人物の部分と背景を分けてみてみましょう。

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この画家は人物の部分をかなり重ねて描いているのがわかります。重ねて描くことで、絵の情報の密度が上がるのです。

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一方、人物の部分を隠してみると、背景はごくシンプルに描かれています。

つまり、この画家は人物の部分は重ねることで情報の密度を上げるように描いていて、逆に背景は控えめにすることでバランスを取っているのです。デザイン用語にジャンプ率という言葉があります。これは構成要素にメリハリをつける手法ですが、古典絵画の画家たちも情報の密度をコントロールすることで画面にメリハリをつけることを自然と身につけていました。

ジャンプ率3-2

古典絵画はデザインされている

絵の目的

ルネサンス以降・印象派以前の古典絵画には様々なジャンルがありますが、当時はよく宗教画・歴史画、また肖像画も盛んに描かれていました。これらの絵は個性を表現するために描かれた絵ではなく、「依頼されて描く」という今のイラストレーションやデザインのような仕事の形式に近いものがありました。

イラストレーションやデザインには、必ず描かれたり作られる目的があります。当時の絵画にも描かれる目的があり、それにかなうように絵がデザインされているのです。

宗教絵画から見るデザイン

こちらは17世紀の画家ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール(Georges de La Tour)が描いた「羊飼いの礼拝」という絵です。

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キリストが降誕したときの場面を描いたものです。下に小さく描かれている白い布でくるまれた赤ちゃんがキリスト、左右にいるのが聖母マリアと聖ヨセフ、奥にいるのが羊飼いたちです。

いわゆるクリスマスの起源となったこの絵の主題は当然キリストで、彼が最も目立つように描かれています。

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この絵の中で、キリストの部分は最も強い白で描かれています。主題の部分を強いハイライトで描くことで、パッと目につきやすくしています。

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また、この画家はろうそくを手で隠す、という描写を多用しました。ろうそくのような光源を絵に入れる場合、そこがもっとも明るくなるはずです。この絵の場合、その光源をあえて手で隠すことによって、光源を目立たなくさせているのです。

その分、光源に近いキリストがもっとも明るくなり目立つ、というロジックが成り立っています。

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また、絵や写真を見るとき、鑑賞者は中の人物が向いている方に注目します。この絵は周りを囲む全員がキリストの方を向いているので、自然とキリストに目が向かいます。

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また、絵の情報の密度で考えてみます。画面を対角線で区切った場合、上の方には人物が重なっていて情報の密度が高いのに対し、下は主にキリストとシャドーでシンプルに構成されています。

古典絵画は意図されたものの結果

絵は画家の自由な表現、と見なされがちですが、実はかなりロジカルにデザインされて成り立っているのです。上の「羊飼いの礼拝」でも、たまたまキリストの部分がもっとも白くなってしまった、とか、たまたまろうそくを手で隠す絵になった、などのようになりゆきで仕上がったわけではないのです。

古典絵画は優れたデザインのソース

古典絵画で今でも評価が高いものは、きちんとデザインされて作られているものが多いです。写真はおろか、印刷技術も今ほど優れていなかった時代、アートといえば絵画ぐらいなものだったのではないでしょうか。巨匠たちはこぞって絵画 にあらゆる知識と技術を注ぎ込み、その結果が絵画になったのです。そして時代とともに洗練されていきました。

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今ではデザイン本などを見ると、デザインの手法などが様々紹介されていますが、それらから学んだ知識を手に入れたところでどこかその知識に裏打ちされたものがないように思えることもないでしょうか。色彩論で有名なヨハネス・イッテンの著作などを読んでみると、古典絵画から色彩を学んでいる節があります。色だけではなく、古典作品の構図や形・構成から得られるものは多くあります。

古典作品から学べることはたくさんあるのです。

*この記事は著者が発表した内容をもとに執筆した記事です。


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