大企業のUXデザインは、中小企業のそれとは全くの別物です。今回は、大企業におけるUXデザインに共通する3つの大きな問題と、UXの専門家がそれらの問題をどのように解決しているかを紹介しましょう。
大規模なチームは小規模なチームに比べてより高い思考力と多くの視点を持っていますが、一方で、まとまらないほど多くの意見や社員同士の駆け引き、そして障害もあります。そのようなチームによってデザインされたものは、優れたアイデアを妥協のかたまりにしてしまうのです。
これは、Enterprise UX 2015の会議が取り上げた問題です。Rosenfeld Mediaによって開催されたこのエキスポには、IBMやRackspace、Citrixなどの企業から世界中のトップUX実践者が集まり、それぞれの経験や不満、アドバイスなどを共有しました。ある機能に執着してしまったり、優先順位がブレてしまったりといったような、繰り返し起こっている問題に対する実用的な解決方法をいくつか見てみましょう。
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問題1:エクスペリエンスより機能ばかりを気にする
製品の機能は目で見ることができます。一方、UXは目に見えません。
はっきり言って、製品はUXのための容れものでしかありません。しかし、Paypalのビジネスエンジニアリング部門の副部長であるBill Scott氏が説明しているように、デリバリーサービスのほうがUXよりもずっと楽に分析することができてしまいます。その結果、製品開発チームはできるだけたくさん、そしてできるだけはやく製品を発表しようとします。
デザインに関する執筆者であり、いくつもの企業を運営する起業家であるNathan Shedroff氏がプレゼンテーションの中で述べているように、機能を仕様書に書き出すことで、次の行程にスムーズに移れるようになります。さらに製品が公開されれば、その売り上げを簡単に分析することもできます。しかし、売り上げに貢献している製品の価値をユーザーの感情を基準にして計ることは、たった一つのメトリックだけではできません。そのため、「機能の価値は金銭的な価値と同じだ」と思うほかないのです。
しかしながら、感情的な価値があることは、あらゆる製品において成功の一部であると言えます。例えばInstagramは、書面上ではわずか8,600万米ドルの企業価値であったにもかかわらず、Facebookは11億米ドルでInstagramを買収しました。明らかにInstagramは自分たちの感情的価値の大切さを理解しており、そのためFacebookはInstagramが提示した価格で買収しようと考えてくれたのです。
解決方法
この問題の解決方法は、「より多くのデザイナーを雇って、人々が彼らの意見に従うようにする」というような単純なものではありません。
デザイナーをたくさん雇用したとしても、企業内の複雑化した文化を、問題にもっと目を向けるような思考方法に変えていく必要があります。実際、Citrixの顧客エクスペリエンスのシニア・バイス・プレジデントであるCatherine Courage氏は、企業が特にウォーターフォールの開発プロセスに固執している場合は、複雑化した文化を一晩で変えることは不可能であると話しています。
企業の心構えを、より抽象的で、かつやりがいのある目的を伴うものへと変えたければ、アプローチをゆっくりと着実に行いましょう。わずか数年前にたった一人のUXデザイナーとしてCitrixで働き始めたCatherineにとって、この方法は効果があったようで、現在は顧客エクスペリエンスのシニア・バイス・プレジデントとして、同社のCEOに直接報告をしています。
彼女に効果があった戦略をいくつか見ていきましょう。
・日常的に使う製品からインスピレーションを得る
製品開発チームが、複雑な製品のUXの改良方法を理解するのに苦戦しているのであれば、日常生活で使っているもっとシンプルな製品を思い浮かべてもらい、なぜその製品が好きなのかを考えてもらってください。シンプルな製品の使用体験の魅力を分析したら、次にそれを自身の製品に置き換えてみましょう。例えば、Catherineは自分のチームに対して、エクスペリエンス中心のデザインが機能中心のデザインよりも優れていることを説明するためにTeslaやVirgin、Apple、Disneyといった企業を例として使ったそうです。
・問題解決を再定義する
デザイナー以外の多くの人々 (デベロッパーやプロダクトマネージャーなど)は、時間をかけずに解決できる方法を好む傾向にあります。しかし実は、全体を見渡すような方法を取ったほうが、緊急性の高い問題を発見できることが多いのです。スピーディーなプロトタイピングやデザインスタジオ (私たちの無料の電子書籍である「企業内のデザイン協力」でも述べています)のようなテクニックを利用して、このような人々に「細かなの問題を見つけるために広い視野で考える」方法を教えましょう。
・オフィスの外へ行く
コンテキストに関するインタビューや現地調査などのユーザビリティテストは、デザインスタジオの外でどのように製品が存在しているのかを調査するベストな方法です。チームメンバーがこの環境を理解すればするほど、ユーザーの視点から製品開発を行うということも意識していきます。ペアになったデザイナーとデベロッパーが共同でこれらのテストをやってみるとさらに良いでしょう。そうすることで両者間の理解の溝を埋めることができます。
・小さな勝利を重視する
企業内の環境を変えるには時間が必要です。まず1つの製品における矛盾を調べ、この作業を1つずつ行っていきます。いきなり製品全体の問題を解決しようとしてはいけません。即効性のある成功が得られたら、次にもっと大きな規模のプロジェクトのステークホルダーの信頼を得るために、これらの成功を活用しましょう。
最初は拒否されたり、疑わしげな目で見られたりすることもあると思いますが、ユーザーと事業にとって何が良いのかを人々に理解してもらうことが、デザイナーの役割です。
問題 2:リスクへの恐怖
大企業は、無謀な経営の上に成り立っているわけではありません。企業環境は安定と安全さを育みます。つまり、多くの従業員は問題を起こしたくないと考えているのです。
ユーザーの考えに共感するように、少しだけ同僚にも共感してみましょう。彼らは家族やローン、昇進の夢を抱えています。現状がこのようなニーズを満たしている場合、果たして彼らは皆さんの「デザインビジョン」のために、これらを失う可能性があるリスクを取るでしょうか? 特に中間管理職のマネージャーは、上層部からのプレッシャーと部下に対する責任から、リスクを嫌うでしょう。
クビになる恐怖を甘く見てはいけません。
解決方法
こういった人々にリスクを伴うチャレンジをさせるためには、クリエイティブな発想に近づく小さなステップを踏むのが良いでしょう。仕事でより良い成果を上げられるような、第一印象で良いと思わせるようなデザインのアイデアを紹介するのです。
例えば、Catherineはデザインブートキャンプのために中間管理職のマネージャー数名をスタンフォード大学のデザインスクールへ派遣し、この試みは、なぜ彼らが誰もが望む立場を手に入れることができたのか? と人々の注目を集めました。もちろん、あらゆる企業がこのようなプログラムの費用を負担できるわけではありません。
以下に、皆さんのチームで時間をかけて少しずつ実践できる、毎日の戦略をリストアップしました。
・ミーティングではなく、ワークショップを行う
ミーティングはスケジュールを合わせるのが難しく、そして実際に行っていることに関して話し合う場として利用されることが多いですが、デザインワークショップは本質的に協力的であり、かつ生産的です。色々なワークショップと、それを行うためのベストな方法をより詳しく知りたければ、無料の電子書籍である「企業内のデザイン協力」をダウンロードしてください。
・実験グリッド
BrigadeのUX部門の部長であるAlissa Briggs氏は、Intuitの多層的な企業会計ソフトウェアを統合するための実験グリッドを作りました。この試みは大成功を収め、彼女はあらゆるプロジェクトに対応する編集可能なSketch Appバージョンを作成しました。
Alissaが説明しているように、この活動は単にアイデアを検証するのではなく、チームに対して、自分たちの考えに疑問を投げかけさせることを目的としています。実際の顧客データ (量的・質的フィードバック)とともに、実験内容を視覚的に理解できる形で見せることで、「リスクは実際にはそれほど危険ではない」ということを、決断を下す人たちに納得させるのに役立ちます。
下のグリッドにおいて小さなサンプル規模から結果を示すことで、Alissaは最初の反対意見を乗り越え、そして簡易化された機能の提供を開始し、結果として同社におけるベストセラー製品を生み出したのです。これを思い通りに行うことができる場合は、チームの誰かを「実験管理者」として任命し、就業時間の10-15%を小規模の実験に割くように依頼しましょう。
・デベロッパーのスキルとして、プロトタイピングを勧める
プロトタイピングはコードなしでも行うことができますが、早急にデベロッパーたちにその作業をさせることで (Bill Scott氏が説明しているように)、リスクの高いアイデアの強化をサポートすることができます。デベロッパーがコードによるプロトタイピングの作業をしても良いと言っているのであれば、(全員のリスクを減らすために)スピーディーなプロトタイプを行った方が良いでしょう。デザインと開発は、サイロ化された環境で存続することはできないということは忘れないでください。
これらの解決策はすべて、部署内の協力を得て行っていることがわかると思いますが、これが最後の問題を起こしています。
問題3:共通言語がない
経営陣は、デザイナーが提案したクリエイティブで直感的な決定事項に対して常に理解を示すとは限りませんが、本来はお互い協力し合うべきです。
デザイナー自身も、プロジェクトのビジネス面における全ての理由や、または開発中の自分たちのアイデアの影響をいつも理解しているわけではありません。こういったことが自然と分かるようになるためには、時間と努力が必要です。デザイナーやデベロッパーなどの個々の役割は、それぞれの視点に従って果たされます。つまり、マーケターは差別化を気にかけ、デベロッパーはシステムの実現可能性を考え、そしてデザイナーは両義性を生きがいとしています。
論理上は皆同じ目的に向かって仕事をしているのですが、実際には誰もが簡単に違う方向に行ってしまうのです。
協力することは、あらゆるプロジェクトにとってとても大事ですが、大企業では特に重要です。唯一の代案といえば、部外者を完全に締め出すことでしょう。
解決方法
基本的なチームビルディングより上のステップである、UXデザインに特化した解決策をいくつか見ていきましょう。
・Lunch & Learnセッション
お互いの分野について知識がないのであれば、教え合ってみてはどうでしょうか? 各部署が他の部署の人たちに自分たちの専門分野について教える「Brown Bagランチセッション」をやってみてください。これは従業員全員に様々な分野に関する短期集中で学べる場を提供するだけでなく、従業員同士の交流の場にもなります。デザイナーでない人々は、デザイナーが自分たちの仕事に関心を持っていることに対してとても感謝するでしょう。
・内部エスノグラフィー
エスノグラフィーの原理を社内に適用することで、根強い問題に光を当てることができます。皆さんの会社の制作プロセスや制作物、文化を調べることで、デザインに対する考え方を押し付けることなく取り込む方法を知ることができるでしょう。
・ビジネスに精通したデザイン
デザイナーが、「デザインは芸術ではない」ということを深く理解すればするほど、仕事でより良い成果を上げることができます。ビジネス上のニーズを中心に考えてデザインをすることで、皆さんの伝えたいポイントをより強く発信することができます。ミニマリスト的なレイアウトがより良い印象を生み出すと主張するのではなく、そのデザインがコンテンツとコールトゥアクションを強調することによって、ユーザーをより説得し、アクションを促すのに役立つということを説明するのです。
・協力的なデザインプロセス
それぞれのフェーズが独立して行われ、次の段階へと引き渡されるデザインのウォーターフォール手法は、時代遅れです。「ウェブUIの最善方法」で説明しているように、従業員全員をプロセスに巻き込むことで、関わった全員の意見を取り入れることができます。しかし、この戦略の基盤は、中心となる製品開発チームが最終判断を下すということです。全員に意見を言う機会はありますが、全ての意見を取り入れてデザインする必要はないということを理解しておきましょう。
・共通のデザイン言語
皆さんの会社に予算があるのであれば、一貫性のあるデザイン方針を反映したスタイルガイドの作成に投資しましょう。これらのリストは企業の目的や戦略、そしてスタイルを具体的にリストアップし、誤解が生じないようにしてくれます。GoogleのマテリアルデザインとIBMのデザイン言語は、最も良い実践方法です。
大企業の欠点は、何よりも、コミュニケーション不足の一言に尽きるでしょう。皆さんの会社がこの問題に対処できれば、デザインプロセス以外の分野も円滑に進めることができるでしょう。
まとめ
これらの活動の目的は、「デザインプロセス」が非常に優れたビジネスプロセスであることを示すことです。デザインプロセスを分かりやすくすれば、人々がデザインを視覚的なアートとしてではなく、問題解決の糸口として捉えてくれるでしょう。
実用的なデザインの協力について詳しく学びたければ、無料の電子書籍である「企業内のデザイン協力:優れた製品の基盤を構築する」をチェックしてみてください。VenmoやAmazon、Hubspot、Viceなどの企業から抜粋した実践方法を紹介しています。