UXという言葉が騒がれるようになる前にも、UXデザインらしきものは確かにさまざまな形態で存在していました。この寄稿記事では、株式会社キトヒトデザインでユーザビリティ、UI/UXデザインなどを手がけている萩本さんがご自身で体験したデザインのお話を不定期更新でお届けしています。今回は第4回目です。シリーズ全編はこちら
私の大学時代に、さまざまな切り口でデザインというテーマを取り扱う機会がありました。一応理系の工学部に所属していたので、多変量解析という数学的な統計手法を使ってデザインイメージを分析するというアプローチを何度か体験しました。
多変量解析の数学的な意味を厳密に説明し始めると大変難しくなってしまいますし、私自身も完全には理解しきれていないのでボロが出てしまいます。あまりそこには深入りせずに解説したいと思います。
造形とイメージの関係
すでにこれまでも触れてきたように、デザインという作業はデザイナーの自己表現ではありません。それは、デザインの中の造形要素についても同じです。
デザインにおける造形の持つ意味というのは、ひとことで言えばその製品を魅力的に感じてもらうことだと思います。車を見て「かっこいい」と思ってもらったり、洋服を見て「かわいい」と思ってもらったり、その他「おいしそう」「大人っぽい」「うちのインテリアと合いそう」「使いやすそう」「高級そう」などなど、人は製品の見た目からさまざまなイメージを抱きます。
一般的に、製品を開発する際は企画段階でターゲットユーザーや製品のコンセプトを掲げ、それを実現するために設計作業を進めますが、デザインも例外ではありません。たとえば中年男性向け健康器具をデザインするとき、コンセプトが「手軽に取り組める」であれば、パッと見て「簡単そう」「辛くなさそう」などと思ってもらえるデザインが求められるでしょう。もしコンセプトが「デキる男」だったら、もう少しクールなデザインになるでしょうし、「マッチョな肉体」なら、より本格的なトレーニング機器のようなデザインになっていくでしょう。
デザイナーが実際に造形を行う対象は製品の色や形ですが、本当は造形の結果としてユーザーが受け取る「イメージ」こそが重要で、どちらかというとイメージをデザインしていると言ったほうがいいかもしれません。
では、どのように造形すると、どのようなイメージを与えることができるのでしょうか?これがわかっていないと、自在にイメージをデザインすることはできないので、デザイナーは誰しも、造形とイメージの関係がわかっているはずです。ですが、多くのデザイナーはこれを感覚的にとらえているので、言葉にして説明することは難しいかもしれません。
もし造形とイメージの関係が明らかになれば、デザイナー自身が普段自分の頭の中で考えていることをよりはっきりと意識することができ、狙いのイメージを与えるためにどのような造形にすればいいのか、さほど悩まず効率的にアイデアを出せるかもしれません。またデザイナーほど感覚が鋭くない人でも、ある程度狙ったイメージをデザインできる可能性もあります。いずれにしても、デザインというとても曖昧な活動に対する理解が進むことになります。
そして、ちょうど私が大学にいたころ、あれは一種の流行りだったのかもしれませんが、造形とイメージの関係を調べるデザイン研究が盛んに行われていました。
材料イメージ調査
私が大学の授業で最初にこのようなイメージ調査を体験したのは、デザイン要素の一つである材料(素材)についてでした。
私が行った大学には当時、「デザイン材料学」という非常に珍しい研究室(ゼミ)がありました。この研究室はさまざまな材料の特性を研究していたのですが、一般的な工学ではなくデザインのための材料研究ですから、さまざまな素材の持つイメージというのもテーマの一つだったのでしょう。想像していただくとおわかりかと思いますが、同じ製品であってもプラスティック、金属、木材、ガラスなど、どんな素材を使うかでまったくイメージが異なったものになります。そこで、どんな素材を使うとどんなイメージを与えられるのか、その関係を調べてみようというわけです。
調査の方法は、さまざまな材料に対して、どのようなイメージを感じるかを多くの人(自分たち)にアンケートで答えてもらい、その結果を多変量解析という統計手法で処理し、各材料はどのようなイメージなのか、どの材料とどの材料はイメージが近いのかという結果を得るというものです。
当時の資料がある程度手元に残っているのですが、それを完全に再現すると複雑で結果も読み取りにくいので、ここでは基本的な手順と結果の雰囲気だけをご説明します。
1. 調査対象とする材料の選出
まず、調査で使用する材料を選ぶ必要があります。本当は実際の材料サンプルを用意できればいいのですが、このときは調査方法の体験といった意味合いだったので、アンケートでは単に材料名を提示するだけという簡単な方法をとりました。ただ、各材料がどんなものか思い浮かべられないとアンケートに回答できないので、自分たちがわかるものでなければいけません。さらに、なるべく世の中にある材料をまんべんなく選ぶよう配慮します。
その結果、全部で58種の材料が選ばれました。以下の図は選ばれた材料を一般的な物性によって分類して示してあります(多少分類があやしいところもありますが、ご容赦ください)。
2. アンケート実施
アンケートでは、これらの各材料に対するイメージを回答してもらうのですが、多変量解析の計算を行うためには、決まった形式でデータを得る必要があります。そのため、あらかじめさまざまなイメージを表す対語をたくさん用意し、それぞれに5段階で点数をつけてもうというやり方で回答してもらいます。
そのためにまず、イメージ対語を選定する必要があります。こちらも、自分たちで思いつくもの30対を選びました。以下のようなスケールで、左右どちらの言葉に近いかを判断し、該当する目盛りのところに丸をつけてもらいます。
1つの材料について30のイメージ対語に丸をつけ、これを58種の材料すべてに対して行います。このアンケートを多くの人に回答してもらえば、データ収集作業は終了です。
3. イメージプロフィール
5段階評価の結果は、−2から2の数値に置き換えて、回答者全員の平均を求めると、材料ごとの平均的イメージを把握することができます。つまりこれが、その材料の一般的なイメージということです。これを、授業ではイメージプロフィールと呼んでいました。
ここでは、タイヤゴムと輪ゴムの調査結果をさらに平均して、ゴムという材料の分類全体のイメージプロフィールを示しました。いかがでしょう。ゴムという材料の持つイメージとして、割と納得できる結果だと思いませんか。
4. 主成分分析
イメージプロフィールで、それぞれの材料の大まかなイメージはわかりますが、これだけでは、ある材料とある材料のイメージがどの程度似ているのか、といった判断はしづらいと思います。その大きな原因は、イメージ対語が30個もあるからです。イメージプロフィールでは、材料のイメージを30個の評価軸で議論している状況なのですが、この評価軸をもっと減らすことができれば、各材料のイメージの特徴や関係性がずっと理解しやすくなるはずです。
こういった、大量の評価軸(変量)をうまく整理して、状況を把握しやすくするための統計手法が多変量解析です。今回は、主成分分析という手法を用いました。主成分分析の詳細には触れませんが、ざっくりとしたイメージをお伝えしておきます。
今回のように30個の評価軸があるとして、もしそこから5個だけを残すとしたら、どれを残してどれを捨てるのがいいでしょうか。材料のイメージを説明する上でなるべく重要な軸を残し、そうでないものを捨てたいと考えるのが自然でしょう。たとえば、すべての材料で「どちらでもない」となっているイメージ対語は、材料のイメージの違いを説明する上で何の役にも立っていませんから、捨てる候補となります。また、どの材料においても、たとえば「洋風」の場合必ず「都会っぽい」と回答されていることがわかった場合、結局どちらの評価軸でも同じような説明しかしていないことになり、どちらか一方だけ残せばいいのではないか、と考えることができます。
主成分分析の場合はもう少し手が込んでいて、30個の評価軸のうち似たようなものを束ねていって軸をまとめていくイメージです。それも「ぎっしり-すかすか」6割と「軽い-重い」3割と「子供っぽい-大人っぽい」1割を束ねて新たな評価軸を作るというようなやり方をします。このような方法でなるべく説明率(寄与率)を落とさずに評価軸を減らすのです。こうして作られた評価軸を主成分と呼び、説明率(寄与率)の高い順に第1主成分、第2主成分、…と言います。新たな評価軸は、複数のイメージ対語が束ねられたものなので、それらを総称するような新たな名前をつけます。主成分を導く処理は、統計解析ソフトにしかるべきデータを入力すれば自動で結果を出してくれますが、主成分名をつけるのは、人間が頭をひねって考える必要があります。
評価軸を減らして状況を把握しやすくするのが目的なので、第4主成分ぐらいまでの累積で80%ぐらいの説明率になれば理想的ですが、私が授業で実施した調査では第6主成分まで含めてようやく80%という結果でした。以下が、分析の結果得られた6つの主成分です。
主成分分析で得られた新たな評価軸上にアンケートで使用した材料をプロットすることができます。これはいわば、材料イメージ空間上での各材料の位置関係を示すものです。この空間上での座標位置が近ければイメージが近いことを意味します。
今回は主成分が6つなので、6次元空間で考える必要がありますが、これは非常にわかりにくいので、ひとまず第1、第2主成分の2軸だけを見てみましょう。また、この図に関しては、説明のためあえてわかりやすいプロットを描いてあります。実際の結果とは異なりますので、その点をご了承ください。
材料イメージ空間上で近い距離にプロットされた材料はイメージが近いということなので、距離の近いもの同士でグループ分けすることができます。そのためのクラスター分析という方法についての説明は端折って、結果だけをお見せします。プロット図は実際の結果とは異なりますが、グループ分け自体は実際の結果を示しています。
たとえば、あるグループには、軽石、麻、コルク、段ボール、発泡スチロールなどが入っています。確かにこれらの材料には、すかすか、パサパサ、ゴワゴワしたような共通のイメージがあるような気がしませんか。そして面白いことに、一般的な物性でいうと、それぞれ石、繊維、木、紙、プラスティックと、まったく別々に分類されるものです。つまり、材料を物性で分類するのと、イメージで分類するのでは、まったく違うグループ分けになるということがわかったわけです。
こうして、どの材料はどんなイメージを持っているのか、どの材料とどの材料はイメージが近いのかが明らかになったので、たとえば、存在感と親近感が高く、先進感はやや抑えたイメージでデザインするためにどのような材料を選択すればいいのかをある程度予測することができ、考える際の手がかりになります。
ちなみに、今回ご紹介したのは主成分分析を使った調査でしたが、ほかにも同じようなプロット図が結果として得られる多変量解析手法があり、目的に応じて使い分けますが、私が学生時代に経験があるのは、因子分析、数量化III類、MDSといったものです。
まとめ
一般的な工学は、機能、強度、耐久性、速度、コストなど、主に製品のスペックに着目して、これを実現しようとします。スペックは製品自体が持つ特性で、何らかの客観的指標で計測することができます。ということは、目標とするスペックさえ決まれば、あとは設計して計測してというサイクルを繰り返すことで設計の質を高めていくことができます。これは、ユーザーが関わらなくてもできてしまいます。
一方、デザインはイメージを目標としているため、ユーザーを意識せざるを得なくなります。なぜなら、イメージとは製品と接したユーザーの中で生まれるものであり、スペックのように製品単体で完結するものではないからです。
製品の設計行為であるという点では一般の工学とデザインは共通していますが、このイメージを扱うという特殊性こそがデザインと一般の工学の大きな違いだと思います。そして、それゆえにデザインはユーザーを意識するという土壌がありました。だからこそ、人間中心設計やユーザー体験といった考え方との親和性が高かったのだと思います。
UXデザインにおける「体験」もまた、製品やサービスだけで議論できるものではなく、これらとユーザーが接する場面を想定しないと表出することがないものです。そのためUXデザインでは、行動観察、アンケート調査、インタビュー調査、ユーザビリティテストなど、実際のユーザーに参加してもらう調査、評価手法が推奨されています。
そして私個人としては、デザイン活動の中で実際のユーザーからデータを収集するという手法を初めて体験したのが、今回ご紹介した材料イメージ調査でした。
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UXという言葉が登場する以前に私が見たUXデザイン