当記事は、2015年2月5日に無料動画のオンライン学習サイト - schoo WEB-campus(スクー)にて開催した授業「優れたUXを実現するための人間中心デザインとは?」のフォローアップになります。
はじめに
当企画は前職のコンセントと schoo の合同企画で「社会に求められる価値あるデザイナーとは?」というテーマのもと、著者含むコンセントのアートディレクターとサービスデザイナーの3名でそれぞれの立場から1人づつ授業を開催してきました。
最終回となる今回は、以下のポイントを軸に人間中心デザインを題材としたモノづくりからコトづくりへの発想転換を背景に、いま社会に求められるデザイナー像を探っていきました。
1. 美大卒だけがデザイナーとしての価値を発揮するとは限らない。
初回と前回の授業を担当した2人とは異なり、著者は美大を卒業しておらず特にビジュアルデザインにおける専門知識はほぼゼロに等しい状態でした。
但し、だからこそ「見える」デザインよりも「見えない」デザインを重視したアプローチやマインドセットを強化する姿勢を保つことができ、デザインをする立場からデザインを導く立場で振る舞うデザイナーとしての必要性を理解することができたと共に、デザイナーの新たな価値創出の場を見出すことができました。
結果として美大を卒業した方のみがデザイナーになれるという固定観念を取り払い、より多彩な専門家をデザインという土台に招き入れることができるのではないかと考えています。
2. 正しくモノをつくろうとするのではなく、正しいモノをつくろう。
今回の題材となっている人間中心デザインというアプローチはあくまでも手段であり、目的ではありません。
人間中心デザインの根底にある思想や目的を理解することで、正しくモノをつくろうとする力よりも正しいモノをつくろうという力が働きやすくなります。
人間中心デザインは、正しいモノをつくるための「ものさし」として以降、解説していきます。
人間中心デザイン的思考回路
著者のキャリアはIT企業のビジュアルデザイナー(見習い)からスタートしました。様々なウェブサイト上で露出される特定商品のバナー制作やその先のランディングページである特集ページのデザインやコーディングを担当していた時期です。
当時は Photoshop や Illustrator などの専用のソフトウェアを使い分け、限られた空間(サイズ、露出枠など)内で作業をすることに喜びを感じていましたが、少しづつ、ランディングページへの導線設計やランディングページそのものの設計範囲までを含めたコンテンツや機能設計に関心を持ち、ウェブディレクター職へと移りました。ウェブディレクター時代は制作の進行管理やサイトの簡単な情報アーキテクチャなどを担当しておりましたが、サービスそのものを抜本的に改善したいという想いが強まり、
「どのように」つくるか?から「なにを」つくるか?そして「なぜ」つくる必要があるのか?
と問い質すようになったことがきっかけでサービスデザイン領域からモノづくりに関わっていけるようなポジションに身を置くようになりました。
本当にユーザーから必要とされている、または正しいモノをつくるためには先ず誰のために、なぜつくるのか?を明確にしなければならない。
これは、ユーザーとの接点を担っているデザイナーだからこそ課題意識として認識できるのではないでしょうか?
この思想に辿り着いたのは学生時代に専攻していたユニバーサルデザインの提唱者であるドナルド・ノーマン博士の著書「誰のためのデザイン?」で言及された「ユーザー中心設計」との出会いでした。「誰のためのデザイン?」が出版された1980年代以降、エンジニアリング領域からもヒューマンセントリックなモノづくりの重要性が主張されはじめ、1999年にISO 国際規格として「人間中心設計」が制定されました。
すべての人が使いやすく、という考え方は非合理的です。誰にとっても使いやすいプロダクトやサービスを目指せば、誰にとっても使いにくいモノになってしまう。
ユーザーの立場からも誰のためのプロダクトやサービスなのかが理解できず、自分ごと化できずに終わってしまう恐れがあります。だからこその人間中心デザイン改め人間中心設計なのです。
花とデザインと伝わる仕組み
デザインとは、相手に花束を渡すようなものだ。―中西 元男(PAOSグループ代表)
著者が学生時代に大変お世話になった、師匠の言葉です。人間中心設計はここで言う花束の届け方、つまりは「伝わるしくみ」を考える行為・プロセスそのものです。
「伝わるしくみ」を考えることは日常的に誰もが無意識に行っている行為です。例えば大切な方や友人にプレゼントを渡すシーンを想像してみてください。
1. まず初めに、相手に伝えたい想いがあるはずです。例:ありがとう、ごめんなさい、付き合ってください、等
2. (1) の想いを表現するために用いられるのがプレゼント(モノ)です。ここであなたは想いがより相手に伝わるためのプレゼントを、相手の性格や特徴を踏まえて選んでいることと思います。
3. プレゼントが揃いましたら、想いを伝えるための方法を考えるはずです。いつ、どこで、どのように渡せば想いは伝わるのか、伝わるためのしくみをあなたは考えているはずです。
4. 相手は受け取ったプレゼント(=想いを表す記号的役割を果たす)からあなたの想いを解読し、結果はどうであれ応えるはずです。
5. あなたは相手の反応を待って、自分が用意したプレゼントはもちろん、伝えるためのしくみが正しかったか、伝わっていたかを評価し、次に活かそうとするはずです。
人間中心設計も全く同じ思考手順で進みます。
伝わるしくみを考える上で大事なポイントは2つあります。
1. 伝えることと伝わることは別です。伝えることは手段であり、結果として伝わっているかどうかは評価しなければわかりません。伝えたことで満足してしまっては双方のコミュニケーションは成立しません。最も重要なのは、伝わることです。相手に、ユーザーに、伝わったつもりではいませんか?
2. 誰が、いつ、どこで、なにを、どうしたら伝わるのか?そもそもなぜ伝える必要があるのか?伝わるしくみを考える際のこれらのポイントは、お気づきの方もいるかもしれませんが「5W1H」と称される問題発見と問題解決と同じ思考のフレームワークを採用しています。
結論、人間中心設計の本質は問題発見と問題解決であると言えます。人間中心設計は問題の解決策を探るだけではなく、解決したいそもそもの問題を探る行為・プロセスなのです。結果として、人間中心設計を通じて問題発見力・問題解決力を養うことがができます。
ここでは8つのステップで解説していきました。
問題発見:
1. データ分析
データ分析には3つの意図があります。過去からパータンを探る、いまを知る、未来を予測する。
2. ファクト抽出
ユーザーを知るための情報を抽出していきます。不足があれば、定性調査等で補います。
3. ユーザー定義
ユーザーが実在するかのように非言語情報として可視化し、周囲のイメージ強化を図ります。
4. シナリオ定義
時間軸でユーザーの生活を把握します。問題が多く発生している箇所を解決することが本質的な問題発見・解決に至るとは限りません。
問題解決:
5. 解決案作成
問題とその原因を特定後、5W1Hに習ってユーザーに伝える解決する方法を模索していきます。
6. 構造定義
データやデバイス、ウェブサイトが全体の構造としてどのように調和していくべきなのかを考えます。
7. 詳細設計
解決する方法を軸に、想いを伝えるための表現手段を考えます。
8. 評価
事前・事後問わずユーザーに正しく伝わり、問題の解決に至ったかを検証します。
幸せの「ものさし」
言わずもがな、そもそもものさしとは長さを測るためにあります。
なぜ人々はものさしを用いるのか。
当たり前のことではありますが、ものさしを使わずに対象を見ただけでは長さの判断においてばらつきや歪みが生じ、不都合が生じてしまう恐れがあるためです。デザインにも同じようなことが言えます。
チーム内で同じものさしで物事や事情を測らなければ、ばらつぎが生じ、確信をもって判断ができなくなってしまいます。そしてこの人間中心設計は、チーム共通のものさしとして機能します。
前述した、誰によって、いつ、どこで、どのように、そしてなぜ対象のプロダクトやサービスが使われているのか?を発見し、問題を特定することで以降の問題解決でも同様に、誰に、いつ、どこで、なにを、どうやって伝える(提供する)のか、そもそもなぜか、を共通の目盛として考えていきます。
人間中心設計はプロセスである、と説明しましたが必ずしもスタート地点がどの場合においても一緒とは限りません。場合によっては評価からはじめることもありますし、特に新規事業の場合は事前のデータなどがないため、仮説としてユーザーを定義したりします。ポイントは、問題発見と問題解決で目的を明確に区別することで人間中心設計で陥りやすい手段の目的化から逃れることができます。
人間中心設計を参考にすることで、定量・定性の両方の側面から様々なプラスの効果を得ることができます。資料に記載の数値的な結果と同様の効果を補償することはできませんが、ひとつ言えることは失敗はしません。チーム内で共通のものさしを設けることができれば、「正しいモノ」が測れるようになりチーム、そして組織を成功へと導いてくれます。
著者が過去に担当したサービスも、サイトリニューアルを通じてコンバージョン率がリニューアル後3ヶ月で平均54.2%(昨対比)も改善し、事業に大きく貢献しましたが、何よりも嬉しかったのはリニューアル後に事業の各スタッフがリニューアル中に定めたユーザーやシナリオが正しかったかを継続的に検証を進めていることでした。
人間中心設計の価値は定性的な側面による効果が大きく、対象の事業も同様の効果が見られた故だと考えています。
- チームメンバー全員が主体的にモノづくりに関わっていけた。
- ターゲットユーザーが共通言語として成立していた。
- ものさしとして機能し、機能開発の優先順位が明確になった。
- リリース後も継続的な改善を促すことができた。
- 全体スケジュールやコストを平均20〜25%短縮することができた。
上記図のように、人間中心設計は無限かつ自動車のエンジンのように前輪と後輪で役割を明確化し、組織の中で稼働し続ける必要があります。
人間中心と言うからには、私は本当に人の幸せを考えらているのか、常に考えるようにしている。-中埜 博(東京環境構造センター代表)
プロダクトやサービスは、ユーザーにとってその先にある目的やゴールを達成するためのひとつの通過点に過ぎません。だからこそ、その先にあるユーザーの姿をも視野に入れ、自社のプロダクトやサービスがその人の幸せに向けてどのような役割を果たしているのか、を理解する必要があります。
人間中心設計または伝わるしくみを考えることは、想いを伝える先にいる相手の幸せを考えることだと思います。
そのためのものさしを、設けてみませんか?
まとめ
人間中心設計という名前こそ専門的な印象を受けますが、前述した「伝わるしくみ」に置き換えて考えることができれば、明日からでも実践することができます。
例えば、料理を食べさせてあげるときやメールをするとき、仕事場でプレゼンをするときなど、相手がいてこそ成立する日常のコミュニケーションに遭遇することがあれば、ぜひ、伝わるしくみの要領で想いを的確に相手に伝え、伝わるためのしくみづくりやコトづくりを意識してみてください。
そのように身の回りの日常から意識し、創造的に活動をすることでデザイナーでなくともデザイナー的思考のもと、人間本来誰しもが持っている創造力を取り戻し、そして育み、発揮することができます。
デザイナーには、「伝わるしくみ」のような無形の概念や言葉を形にできる、ないしは表現できる大きな強みがあります。
だからこそ、冒頭の正しいモノへと周囲を導くことができると信じています。
社会に求められるデザイナーとは?というテーマで人間中心設計という行為やプロセスを軸にデザイナーのあるべき姿や担うべき役割を述べさせていただきましたが、社会から一方的に求められるだけではなく「求めてもらえる」ようなデザイナーを目指すことが結果としてデザイナーの価値創出に繋がるのではないでしょうか?
当記事は著者ブログからの転載記事です。