プロダクトのコンセプトはそのプロダクトにまつわる施策を決める重大な指針となります。今回は面白法人カヤックのスマートフォン向けゲームアプリ「ぼくらの甲子園!ポケット」の事例から、同社が掲げる「友情体験」がどのようにプロダクトのデザインに落とし込まれているかに迫ります。
インタビューイー
綿引啓太 氏(写真右):面白法人カヤック 企画部 プロデューサー
岩瀬茂樹 氏(写真左):面白法人カヤック 意匠部 デザイナー
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― 今回は「ぼくらの甲子園!ポケット」にまつわるUXデザインの話を伺いたいのですが、まずはゲームの簡単な紹介をお願いします。
綿引:「ぼくらの甲子園!ポケット」(以下、ぼくポケ)は2014年の9月にリリースした、名前の通り高校野球をテーマにしたソーシャルゲームです。
「ぼくポケ」は、チームを組んで甲子園での優勝を目指すという、いわゆるギルドバトル形式のゲームです。スポーツゲームとしてはかなりユニークで、自分1人でチームは組めなくて、あくまで1人の選手としてプレイするという仕組みになっています。
― 野球のゲームとなると、自分が監督目線でチーム全体を動かすようなものが多いので、珍しいですね。
綿引:そもそも野球って1人でやるものではないですし、本当に野球と同じような体験をユーザーさんに提供しようと思ったら、チームというものは外せないと考えました。
ユーザーさん同士の「友情体験」を軸にして、高校野球にできるだけ近い体験をゲームの中で提供しようというのが大きなコンセプトです。
友情体験を作り出すためのUXデザイン
逆境から生まれる友情エピソード
― 「友情体験」を作り出すには具体的にどのようなことをしたのでしょうか?
綿引:まず、「ぼくポケ」ってチームに9人のメンバーが集まらないと試合ができない仕様なんです。野球ゲームをやる人って、どう考えても試合をやりたくてゲームを始めるじゃないですか。でも「ぼくポケ」では、チームに入らないと試合はできない。練習はできますが、練習をやりたくて野球ゲームをやる人はあまりいないですよね。
― ソーシャルゲームとしてはかなり離脱率が多そうですね。
綿引:当然ながら、自分に合ったチームに巡り合えなかった人は、試合を体験する前にこのゲームから離脱してしまうんです。ですがそれを乗り越えていいチームに巡り合えた人や、そこで仲間と出会ったり、友情をはぐくみながら試合に臨む面白さに気づいた人がプレイし続けてくれるゲームなんですよね。
本来ならば離脱してしまう人たちのために、色々な案で救済しようっていうのが普通の運営の考え方だと思うんですけど、それをやっちゃうと「ぼくポケ」がユーザーに提供したい「友情体験」という価値が作れなくなってしまいます。そんな厳しい中で巡り合えたからこそユーザー同士の絆が深まるという側面があります。
― そこの不便さもドラマを生み出す要素なんですね。
綿引:ユーザーさんからこのゲームでの友情体験を集めた「友情エピソード」という冊子を作っているんですけど、書かれていることがほとんど普通の野球部の体験と変わらないんです。たまにユーザーさんが送ってくれた「友情エピソード」を最後まで読んではじめて「これ、ゲームの話じゃないぞ?」となることがあるんですが、実はその人の高校時代の本当の思い出だったりすることもあります(笑)。それくらいリアルに近い体験をしてもらえるゲームなんです。
デザイナーが一枚一枚手作りする優勝新聞
綿引:あとは甲子園大会の優勝校だけに作ってもらえる新聞というのがありまして、これも「友情体験」を作り出すためのユニークな施策です。
優勝して新聞を作ってもらうことを目指してこのゲームをプレイしてくれるユーザーさんがほとんどなのですが、これ、ユーザーさんのリクエストを受けて全部デザイナーが手作業で作ってるんですよ。チームの掲示板にユーザーさんが思い思いにリクエストしています。
― まるでクライアントワークみたいですね。
岩瀬:これ、デザイナーとしては、本っ当に大変なんです(笑)。
綿引:最初はテンプレだったんですけど、「背景を変えてほしい」とか「キャラを走らせてほしい」とか、どんどんリクエストが増えていって、今ではほぼ毎回オーダーメイドとなってます。様々なリクエストの中で「どういう意図があるんだろう?」と気になるものもあるぐらい、ユーザーさんたちの中では共通の合言葉とか、大事な思い出が詰まってるんですよね。
ユーザーの主体性が求められるコミュニティデザイン
― 「ぼくポケ」ではオフラインミーティングなども頻繁にやっているそうですね。ここでもやはり「友情体験」がキーなのでしょうか。
綿引:はい。「ぼくポケ会議」というイベントを定期的に開催しているのですが、いわゆるファンミーティングや感謝祭というよりかは、「会議」なんです。ユーザーさんと一緒にゲームの仕様を考える、というものです。
― ゲーム同様、コミットメントが求められますね。
綿引:そうなんです。「ぼくポケ会議」に来場したユーザーさんをグループ分けして、お題を出してブレストしてもらうという、ワークショップです。皆さんかなり運営目線で参加してくださり、中には企画書をだしてくれるユーザーさんなどもいます。
ここはいわばユーザーさんと運営の「友情体験」の場として捉えていて、そこで配るグッズも参加者の名前がプリントされていたり、ユーザーさんのアバターと名前をプリントしたトレーディングカードを配って名刺代わりにしてもらったり、オフラインでもやはり友情を軸に考えています。
編集部より
上記の施策やコミュニティデザインのお話をより詳しく聞きたい方は、9/13(水)に開催するイベントもチェックしてみてください。
友情体験を演出するためのUI
― チームプレイとその友情体験を重視している「ぼくポケ」ですが、実際デザインに落とし込むときに気をつけていることはあるのでしょうか?
岩瀬:そうですね、そもそも「ぼくポケ」はRPGのように高校球児になりきって、15人の野球部というギルド(チーム)に集まろう!というゲームデザインになっています。その高校球児の世界がわかりやすく伝わるようにメタファー表現や見せ方には工夫しています。
便利なUIよりも世界観を優先するときもある
岩瀬:たとえばゲーム内のチャットなどはちゃんと部室というメタファーになっていて、みんなが集まる場がきちんと存在するということを感じてもらえるようにしています。
綿引:ホーム画面がグランドになっていたり、学校の外に商店街があったり、空間的なメタファーにもこだわっています。
― スマートフォンゲームだと、ボタンをできるだけ減らしたり、ショートカットを用意したり、利便性を求めて設計することも多いかと思いますが、これだけ世界観重視だとユーザビリティが犠牲になることもあるのでしょうか?
岩瀬:一般的なメニューUIなども、プロトタイプ段階では考慮したこともあるのですが、やはり世界観を重視して、メタファー表現を優先した経緯があります。
― 導線が多少多くても、文脈的にはしっくり来るので、何がどこにあるのか、説明いらずかもしれませんね。
綿引:そうですね。ただ、拡張性という面では実はすごくやりづらいんです(笑)。でもその不自由さと引き換えに「ぼくポケ」の世界観は成り立っていて、没入感や同じ場に集まっている感が出せているのだと思います。
記念撮影ができるカメラアングルにする
綿引:このゲームは1日に何回も試合があるんですが、試合中、視点はずっと一緒で、基本は「引き」の視点なんです。通常の野球ゲームだったら、誰か1人に寄ったりとか、自分の視点になったりとかあると思うのですが。
― みんなでやっている感じを出すためのアングルなんですね。
綿引:そうです、みんなでやっている感が一番大事です。野球盤の世界に近いですね、独特だと思います。
岩瀬:デザイン的には「記念写真」なのかなと思っていて。さっきの甲子園新聞も最高に嬉しいときの写真ですし、どこの画面を取ってもそういった感じが出ると良いのかなと思っています。
たとえばこれはゲーム内のイベントで釣りをするミニゲームなんですけど、これも、カメラアングルが特徴的なんですよね。チームのみんなが映る視点にしています。
綿引:普通の釣りゲームだと手元アングルが多いんです。普通は背中から見て、魚が見える様にすると思いますし、最初僕たちもそうしたんですけど、検討の結果こうなりました。
― たしかにこのアングルだとプレイヤーが見えませんね。
綿引:そうなんですよね。なので、岩瀬が言っていたとおり、記念撮影ができるカメラの位置にしているんです。同じチームのプレイヤー同士が釣りイベントを一緒のタイミングでやってると、相手のアバターがトコトコって走って来たりします。あいつも来たぞ、みたいな風に気付けますし、15人とか集まると画面中に仲間がこっち向いてずらっと並んでるんですよね。それが楽しくて。
もしカメラが背中だったら記念撮影したいとは思えませんし、顔が出てはじめて、記念撮影したくなる、みたいなところがあって。敢えてこっちに視点を置いて、みんなで集まってきて一緒に釣りをやってるということのおもしろさを味わってもらいたいという想いがあります。
ゲームとWebデザインの違いとは
― 岩瀬さんは以前クライアントワークで紙やWebのデザインを担当されていたとのことですが、WebとゲームのUIデザインで何か違いなどはありますか?
岩瀬:ゲームだとWebに比べてもうちょっと接している時間が長いので、もう少し長いスパン、大きな視点で考えたほうが体験として良くなるな、ということは感じています。
― たしかに、ゲームのUIは繰り返しの頻度が多いですし、慣れという要素も大きいかもしれません。
岩瀬:そうだと思います。「ぼくポケ」も一日中さわっているアプリなので、時には瞬間的なわかりやすさを捨てて、世界観を重視する判断もできるんですよね。
デザインパターンを検討しても、結局それを判断する基準は友情体験や世界観によるので、あまり狭い視野で見ずに、体験を含めて俯瞰的に見るほうが、うまくいきますね。
綿引:岩瀬はゲーム事業部に来て、1〜2日とかで「最高に楽しいです」って言ってましたね。
岩瀬:それまではゲームって特殊で選ばれた人が作ってるんだと思ってたんですけど、カヤックだとそんなことは全然なくて、サービスとかWebサイトを作るのとほとんど変わらないんですよね。Webデザイナーでもゲームをつくってもいいんだって思えて、それが楽しかったんです!
綿引:結局はユーザーさんの時間をデザインしていることには変わりないんですよね。ユーザーさんを盛り上げるのが「ぼくポケ」の場合、たまたまゲームだったというだけで。これはクライアントワークもゲームもどちらもやっているカヤックの特色かもしれません。
岩瀬:カヤックの社員には、ユーザーを楽しませたい、と思っている根がいい人が多いと思います(笑)。
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イベント情報
9/13(水)、UX MILK主催で、カヤックさんのデザインの取り組みにフィーチャーした特別イベントを開催します。
当日はインタビューに登場したお二人もご登壇されます。カヤックさんのブレない「友情体験」のデザインのお話をもっと聞きたい方は是非奮ってご応募ください。
UX MILK Workstyle 08 feat. KAYAC(終了しました)
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インタビューを通して、モノづくりをどんな角度でも楽しんで、ユーザーを楽しませることに労力を惜しまない、カヤックさんのクリエイター魂を感じていただけましたでしょうか? そんなカヤックさんではUIデザイナーを募集していますので、興味のある方はこちらもチェックしてみてください。
提供:株式会社カヤック
企画制作:UX MILK編集部