FinTech(フィンテック)業界は、複雑に絡み合う規制やお役所的な慣習、形式的な手続きを簡素化しようとするIT企業で溢れかえっています。
FinTech業界において質の高いユーザー体験を作り出すことは、デザイナーにとって非常に難しいことでしょう。そのため、私たちはFinTechのユーザー体験の詳しいデザインガイドラインをまとめる必要性を強く感じていました。
また、ソーシャルメディア業界は、多くの企業が参入しているにも関わらず、成功している企業はほとんどいません。しかし人類への影響力は計り知れず、産業革命への工程のように、3000年後の歴史家が私たちの時代といえばソーシャルメディアであると定義づけるかもしれません。
今回のUXケーススタディは、FinTechとソーシャルメディアの2つの業界についての話です。そして、UXの詳しい分析をするためには、どちらの業界においても異彩を放つアプリが最適でしょう。そのため、2つのうちどちらかを選ぶのではなく、両方をカバーするアプリを取り上げることに決めました。
Venmo
莫大なユーザー基盤、そして毎日処理されるトランザクション数から、「Venmo(個人の間で送金できる仕組みを提供している米国のアプリ。現在はPayPalの傘下)」の人気が急騰していることがわかります。
しかしその成功を示す一番の目安は、多くの企業が夢見るだけで終わってしまう「ブランドの動詞化」を達成したことだと私は考えます。
「私にVenmoしてください。」「家賃をVenmoしました。」「今Venmoしています。」Venmoはその言葉自体を、日常的に使う言葉として浸透させました。つまり彼らは間違いなく正しいことを行っているのです。
しかし、UXとしてはどうなのでしょうか?
それを解明するため、私はiOSにVenmoをダウンロードし、UX業界ではあまり馴染みのない2つの業界を結びつけるこのアプリを使ってみました。
オンボーディング
アプリを開くと、私がこれまで見てきた中でもかなり興味をひかれるサインアップ画面が表示されました。インタラクションはよくある「Facebookでサインアップする」という強調されたものと、「メールアドレスで登録する」という控え目なものです。しかし画面の大半は、現在世界中で行われているVenmoのトランザクションフィードで占められています。
このフィードの目的は、珍しい戦略ではありません。主に日々のよくあるユースケースを見せることで、アプリの価値をデモンストレーションしているのです。しかし、実際のフィードを見せるという方法で実演を行うのは珍しいです。たとえばBumbleのように、誰かがアプリを使っている背景動画のほうがよっぽど一般的です。
このサインアップ画面は、個人的にはとても良いと思います。ただし、何らかのアルゴリズムを使って不適切なコンテンツの除外を行う必要があるとは想像します。
ユーザーがFacebookでサインアップできるという事実にも大きな意味があります。グローバルフィードからわかるように、ソーシャルなプラットフォームとしての地位を確立したいというVenmoの狙いが見て取れます。
このような狙いを持つFinTechアプリがほかにもあるとは思いません。なぜなら、FinTechはユーザーの金融関係の個人情報を取り扱うことのほうにより関心があるからです。そのため、Facebookでのログインのようなオプションは使われないでしょう。Facebook上で積極的にお金に関するアクションを取りたいと思う人は少ないと思いますし、私もここではそうしません。「メールアドレスで登録する」をタップします。
スタンダードなフォーム入力が出てきました。目立ったものはありません。フォーム入力を完了すると、VenmoのFinTechとしての一面が垣間見えます。安全なパスワードを選ぶようにうながす吹き出しが現れ、次に携帯番号での二重認証へと続きます。
しかし残念ながら、オンボーディングプロセスはここでおしまいです。電話番号を入力しようとしましたが、即座に拒否されてしまいました。私の電話番号はすでにほかのアカウントで使用中とのことです(私の個人的なアカウントです)。少し足早ですが、ここはスキップしてアプリの中身へと進みましょう。
Venmoのフィード
Venmoの中心となるインターフェイスは、ソーシャルメディアでのUXの原則からヒントを得ています。レイアウトはフィード中心の構図で、スクリーン面積のほぼ全部が「支払い」のストリームに取られています。Twitterにおける「ツイート」やSnapchatにおける「スナップ」と同じように、「支払い」がVenmoにおけるアクションの単位と言えます。
ユーザーは、Venmoの支払いに対していいねやコメントをしたりできます。しかし関連するグループの一員でなければ、取引金額を見ることはできません。これらの支払いは、緑や赤で強調されているドルの金額で明確に示されています。
またVenmoは、画面の一番上にナビゲーションバーを1つだけ使うことで、インターフェイスをすっきりとさせています。しかし、インターフェイスの中心部分を整理することはできますが、左上のハンバーガーメニューをタップした途端、ナビゲーションバーが犠牲となってしまうのが明らかになります。このハンバーガーメニューは、デザイナーがあらゆる雑多な機能を詰め込んでしまったような印象です。
ここからは、表向きは境界線でグループごとにまとめられている、ナビゲーションバーの中央に配置された3つのアイコンに注目しましょう。これら3つのボタンで、Venmoのフィードを切り替えます。一番右の1人の人間のシルエットは自分の支払いを表します。真ん中はFacebookの友人で、左側の地球マークは、その他全員を表します。
正直言って、知らない人のトランザクションを見ることに何の意味があるのかまったくわかりません。Venmoはそれ自体をソーシャルプラットフォームと考えているので、知らない人とつながることを意味しています。しかし、そこで提供されるユーザーコンテンツは私には関係のないもので、誰がそれを見たいと思うのか私にはわかりません。
対照的に、フィードをフィルターして自分の支払いだけを表示する機能は素晴らしいです。特に家賃や光熱費など、私とルームメイト同士で月ごとの送金を追跡するのに便利です。
最後に、重要な機能は画面の右上に配置するべきというデザイナースクールの教えをVenmoは知っているようです。なぜなら、支払いの完了やリクエストの機能をつねに画面上に配置しているからです。
支払い
金融サービスの土台として、支払いの送信や受信のプロセスにVenmoが莫大な時間と労力を費やしていることは明らかです。私の意見ではありますが、操作の順序が他に類を見ないタイプであることがそれを如実に表しています。
はじめに、Venmoでは支払いと送金リクエストが1つの機能にまとめられていることが特徴的だと思います。私にとって、これは直感でわかるものではありません。私はまず支払いと送金リクエストの機能をできる限り離そうと考えるでしょう。リクエストをしようとするのに誤って送金してしまうことや、その逆が生じることを防ぐためです。
しかしVenmoではこれらの機能を1つにまとめているだけでなく、送金直前の最終オプションで切り替えができるようにもしています。変わった仕様ですが、これが機能しているのですからさらに奇妙です。
やりとりするユーザーを選択することから送金プロセスが始まります。これをVenmoは次のように促進しています。
- デフォルトテキストを活用して、名前やユーザーネーム、電話番号、メールアドレスの複数の方法で友人を見つけられることをユーザーに知らせます。
- インターフェイス上でもっともやり取りしているユーザーに基づいて、「トップのユーザー」のリストを提供します。
- 「近くにいるときにオンにする」機能を使います。これはスマートフォンのBluetooth機能を活用し、ユーザーの接近を知らせるものです。
これらの機能が一緒に機能することで、支払いたい人を見つけるのが非常に簡単になっています。しかしこの機能が画面上で目立つかというと、ややわかりにくいでしょう。手動で検索するには、テキストフィールドだけが必要です。しかし「トップの人たち」の機能が画面全体を占めていて、「近くにいるときにオンにする」の機能は小さなリンクの形で追いやられているため、見落とされがちです。正直に言うと、このケーススタディを書くまで私は気づきませんでした。
ユーザー選択を終えても、Venmoは支払いかリクエストかの選択を先延ばしにして、代わりに送金額とその理由を入力させます。ここで議論することはあまりありませんが、「絵文字に置き換える」の機能は気が利いています。
要求されるフィールド入力がすべて終わると、いよいよ支払いかリクエストかの選択に到達します。ここでVenmoは、微妙なバランスを取らなければなりません。ユーザーを混乱させたり不便を感じたりさせないようなシンプルなものにしなければならないのです。しかしその一方で、簡単にしすぎると間違った送金の発生が共通の課題になってしまいます。
個人的に、Venmoはこの難題に何とか対応していると思います。トランザクションの完了は2回タップが必要です。また「支払い&リクエスト」のボタンは隣接していますが、ボタン自体は十分大きいので、私のソーセージのように太い指でも間違って押すことはありません。
支払いかリクエストのどちらかのボタンを押すと、もう片方は消えます。また、それぞれのボタンには異なる色が使われており、正しいほうを選択したことをユーザーが確認しやすくなっています。
最終判定
VenmoのUXチームは、FinTechとソーシャルメディアの両方のプラットフォームから、業界の標準的な技術を上手に抽出しています。特にかなり目立っているグローバルフィードなど、いくつか理解しがたい機能はあるものの、アプリ自体はシンプルで手間のかからない支払いプロセスを、使い始めから提供してくれます。
ユーザー体験については、Venmo自身が位置付けようとする「楽しい」モバイルアプリという説明と一致しているとは思いません。また外観は、明らかにTwitterを反映しているものもあります。しかしありふれたFinTechアプリに比べれば、魅力に溢れていることは間違いありません。
Venmoが今後どのように進化していくかを見るのは非常に楽しみです。特に今Appleでは、Venmoの基本的な機能性をiOS11のiMessageに統合しようとしています。Venmoの領域を侵食してくる大手IT企業に立ち向かうために、Venmoは自身のソーシャルメディアの基底を取り巻くものをさらに差別化しなければならないかもしれません。あるいは、ユーザー体験を向上させ続ける必要があるでしょう。