数週間前、私は入社して3ヶ月しか経っていないフィンテックのスタートアップから解雇されました。ご想像の通り、この出来事は少しばかりショックでした。私はリーダーとして招かれて新しいUXチームを立ち上げていたのですが、背後に投資家からの圧力があったようで、動き出したばかりのチームは真っ先にリストラの対象になってしまいました。
ファーストイン、ファーストアウトがビジネスの世界の定石ではないのでしょうか。辞めた後の人生や生活が危うくなることは一切考えられていません。
とにかく、私はまた求人市場に戻ることになり、UXに関する仕事がないかとさまざまな求人サイトを穴が空くほど見ています。いざ実行するとなると、言うほど簡単ではないことがわかりました。
UXの専門職を表現するためにどれだけ多様な肩書きが使われているか想像もつかないでしょう。以下に挙げた例はほんの一部です。
- UXデザイナー
- UXリサーチャー/デザイナー
- インタラクションデザイナー
- UI/UXデザイナー
- エクスペリエンスデザイナー
- UXエンジニア
- UXアーキテクト
- ユーザビリティエンジニア
- ユーザビリティスペシャリスト
- UXスペシャリスト
- プロダクトデザイナー
- デジタルデザイナー
異なる肩書きが13個あります。もちろん、これらの間にも細かい違いはあるでしょう。もしかしたらデジタルデザイナーはよりビジュアルデザインに特化しているかもしれません。しかし、根本的にはこれらは同じような仕事をする職業を表しています。
つまり、ユーザー重視のアプローチを用いて優れたデジタル製品やサービスをデザインする人のことです。このように肩書きが溢れている状況は、現在UX業界で徐々に深刻化しているアイデンティティの危機を表しています。
「UX」の問題
100人に「UXとはどういう意味ですか?」と尋ねると、100通りの答えが返ってくるでしょう。同じ100人に「UX業界の人は何をしているんですか?」と尋ねても、同様に100通りの答えが返ってくるはずです。
UXはユーザー体験全体を意味する言葉だと言う人もいるでしょう。一方で、それはUXではなくCX(顧客体験)だと言う人もいます。あるいは、UXとはUIであるという人もいます。物議を醸すこの問題については、私もかつて記事「UX-So much more than just the UI」を書きました。
他にも、「UX」はデジタルプロダクトのみを表す言葉だと言う人がいる一方で、デジタルかどうかにかかわらず、すべてのタッチポイントを包括すると考える人もいます。また、UXは主にユーザビリティについて扱うものであるという意見の一方で、ユーザーの感情や感覚もUXの範疇だという意見もあるでしょう。
このように、UXについてはさまざまな混同が見られます。「UX」をGoogleで検索して最初に表示される結果が以下のようであっても不思議ではありません。
「UX」という言葉は、ユーザーと技術に関するあらゆるものを表す、無意味なラベルになり出しています。現在ではモバイルUX、アジャイルUX、リーンUX、エンタープライズUXという言葉もあります。ユーザビリティテストも時にUXテストと呼ばれることがあります。
あらゆるラベルにUXを加えるニーズは職種においても同じです。Webデザイナーは今やUXデザイナーと呼ばれ、以前とまったく同じ仕事をしていてもUX/UIデザイナーになっています(ひょっとしたら給料が上がるという期待があるのかもしれません)。
「UX」というブランドが希薄になると、業界以外の人にとっては「UX」とは何なのか、「UX」の専門家がどのような貢献をするのかは理解しにくくなるという問題が生まれます。また、UXの専門家にとっても、自分に何ができるのか伝えたり、市場で自分を差別化したりしにくくなるでしょう。
それでは、私たちはこの問題にどのように対処すればいいでしょうか? もちろん人々が用いる言葉や用語、呼び名は流動的で、時間が経てば自然と変わるものです。しかし、UX業界がより明確なアイデンティティを持つためにできることはいくつかあると私は考えます。まずは次の3つから始めましょう。
1. 「UX」の多用をやめる
まず、私たち自身が「UX」という用語をむやみに使うことを控え、本来意図された意味に沿う場合でのみ使用するべきです。Don Norman氏がこの言葉を生み出したときは、「UX」はシステムにおけるユーザー体験(User eXperience)を表す略称でした(「UE」よりは響きがいいと思います)。Norman氏は次のように述べています。
ヒューマンインターフェイスやユーザビリティという言葉は狭い範囲しか表せていないので、私はUXという言葉を編み出しました。人間とコンピューターが接するあらゆる側面を包括したかったのです。インダストリアルデザインのグラフィック、インターフェイス、物理的なインタラクションやマニュアルなどすべてが含まれます。しかし、この用語が広まって以降、本来の意味が失われつつあります。
興味深いことに、UXよりも先に生まれた言葉であるHCI(Human-Computer Interaction)はあまり普及することなく、主に学術分野でしか使用されません。UXをこの意味とコンテキストで用いると、アジャイルUXやリーンUXについて語ることは意味がなくなります。UXとUIは大きく異なっているため、これらを比べることも無意味でしょう。UXとはユーザー体験の略称なので、ベストプラクティスや方法論として扱うべきではありません。
2. 「UX」のブランドを守る
WebデザイナーやグラフィックデザイナーがUXデザイナーと名乗るように、UXを付けた肩書きは多く見受けられます。UX/UIデザイナー、UXデベロッパー、UXコピーライター、UXビジネスアナリスト、果てはUXデータサイエンティストまで存在するのです。「UX」(もしくは「エクスペリエンス」)という肩書きのデザイナーがユーザー中心のデザインを作っていないとしたら、控えめに言っても彼らは用語の使い方を間違えていますし、悪く言えば経歴詐称です。
ユーザーとやりとりをしたことがなく、ユーザーを念頭に置いて仕事をしていないのなら、決して「UX」という肩書きを掲げるべきではありません。私たちは再び声を上げて「UX」のブランドを守り、このような誤用を指摘する必要があります。それだけでなく、異なる意味のブランドにも注目する必要があるかもしれません。
3. 「UX」ではなく「UCD」に注目する
テック業界は、ここ20年で「UX」という言葉を使い過ぎました。「UX」のブランドを改善するよりも、人々の心に強く響く、より古いブランドを甦らせるべきだと私は思います。HCIやユーザビリティではなく、UCD(User-Centred Design=ユーザー中心設計)を使用するべきではないでしょうか(Human-Centred Design=人間中心設計と呼ぶ人もいます)。
UCDはUXの専門家がやっていること、少なくともやる必要があることを完全に網羅しています。つまり、ユーザー調査を駆使して要望や要求を汲み取り、それらを反映させてデザインを生み出すことです。
私はUXについてたくさんの講義をしてきました。その導入で「UX」の一般的な意味について話すときはいつでも、聞いた人は必ずポカンとした顔や困惑した様子になります。UI、UX、CX、BXの関係を示した図を持ち出してもまるで機能しません。
しかし、UCDのことや、UXデザインの中核でUCDのアプローチがどのように実行されるのかを話し出すと、聞き手の目の色が変わってきます。UCDは彼らがすばやく理解するための前提として機能します。
また、UCDは市場において重要な差別化の要素になります。たとえるならUCDは秘伝のソースであり、ユニークな強みなのです。したがって、私たちはUCDのブランドを通してこの強みを明確に伝えなくてはいけません。実践としてのUXではなく、UCDについて話し、UXリサーチではなくUCDリサーチについて説明してみましょう。UXに取り組むデザイナーであれば、ユーザー中心デザイナーという肩書きを用いるべきです。希薄化が進む「UX」というブランドよりも、「UCD」のブランドを築き上げるのもいいかもしれません。
おわりに
さて、皆さんはどう考えますか? UXはアイデンティティの危機を迎えているでしょうか? 「UX」という言葉は多用され過ぎて、乱用すらされているでしょうか? 「UCD」は「UX」よりも価値のあるブランドでしょうか?