コンセプトレベルでの改善におけるUXリサーチ活用とは?

池田 朋弘

UXリサーチを専業とする株式会社ポップインサイト代表取締役および株式会社メンバーズ執行役員。2008年に株式会社ビービットに入社しユーザーテストを数百人実施、2012年に日本初のリモートユーザーテストサービスを立ち上げ5,000調査以上を実施。

UX MILK特派員のポップインサイト池田(@pop_ikeda)です。UXの第一線で活躍されている方々へインタビュー&対談し、最新のノウハウをお届けする「UXリサーチ最前線」。今回は、UXリサーチやUXデザインで10年以上の経験をもつえそらLLCの喜多さんにお話を伺ってきました。

新規事業の立ち上げ経験が豊富な喜多さんに「コンセプトレベルでどのようにリサーチをするのか」「リサーチ結果はどのように判断するのか」などを教えてもらいます。

新規事業プランニングに強みを持つUXデザイン会社

喜多:えそらは、新規事業のプランニングに強みを持つUXデザイン会社です。デザイン会社というより企画会社と言った方が、イメージには近いかもしれません。

デザインは、漠然とした考えを「目に見える形」に変換することができ、形にすることでアイデアの評価ができます。ひらめき力に長けた企画会社が「アイデアを徹夜で100コ考える!」というアプローチを取る中、デザイン会社としてのえそらは、早い段階で見込みのあるアイデアを形にし、それをユーザーにぶつけて学びの量を増やし、強いコンセプトを持つ企画に育てていけるのが強みです。

池田:なるほど。UXデザイン会社ならではのアプローチをされているのですね。企画以降の制作や開発は行っているのですか?

喜多:現在は企画中心です。デジタルサービスの場合には自社でプロトタイピング等まで行うこともありますが、基本的には制作や開発はパートナー会社と共同で請けています。

「本当に正しい問いか」を疑うことが大事

池田:プランニングに強みがあるということですが、コンセプト段階では、どのようなUXリサーチを行っているのですか?

喜多:コンセプト段階のUXリサーチには、「問いを見つける」ためのものと「答え合わせをする」ためのものの2種類があり、その両方を行っています。

「問いを見つける」は、その事業が生活者のどんな課題を解決するかを考えることで、新規事業では1番大事です。正しい問いの発見は簡単ではありませんが、問いを1度設定すると、あまり疑わずにそれありきで企画を進めてしまっているケースも多いです。

「答え合わせをする」は、課題の解決策が妥当かを確認することです。正しい問いが設定されていたとしても、答えが妥当でなければその事業はうまくいきません。アイデアは具体化しないと検証できませんが、具体化するほど手戻りのリスクを負うというジレンマがあります。

池田:正しい問いの発見は簡単ではないということでしたが、UXリサーチをすることで「問いが間違っていた」ことがわかった事例があれば教えてください。

喜多:ある家庭学習サービスの企画を依頼されたときの事例をご紹介します。

当初立てていた問いは、「母親が、夕方の忙しい時間に、言うことを聞かない子どもをガミガミ叱ってしまう」という状況に対し、「子どもが自発的に動くにはどうしたらよいか」というものでした。

この問いはクライアントが社内ヒアリングをしても「こういう状況がたしかにある」と多くの母親から共感を得ており、一見正しいもののように見えました。

しかし、一般の母親にリサーチし「このようなサービスが実現されたら買うか?」と聞いてみたところ、「お金を払ってまでは欲しくない」という意見が聞こえてきました。

池田:社内ヒアリングとは違う意見が出てきたのですね。

喜多:はい。家庭内での行動観察や、プロトタイプを使ってもらった上でのインタビューなどから、「たしかにガミガミ叱ってしまうが、それが母親としての仕事でもある。どこの家庭でもあること。逆に、子どもが自立することで自分がコミュニケーションの輪から外れる状況は寂しい。」という意識が明らかになりました。

このケースでは、「子どもが自発的に動くことで、ガミガミ叱ってしまう状況をどう改善するか」という「問い」がそもそも間違っており、たとえば「どうすれば“ガミガミ” を “褒める” というコミュニケーションに転換できるか」という問いを設定すべきでした。

池田:「問い」に対し、社内の母親にヒアリングするというリサーチは行っていましたが、それでは不十分だったんでしょうか?

喜多:ヒアリングだけだと、どうしても自分たちの仮説に合った事象のみを拾い上げてしまう傾向があります。正しい問いを見つけるには、自分たちに見えていない事実や、囚われていることに気づいていない固定観念に気づく必要がありますが、ヒアリングだけでは難しいです。

「マンガでの疑似体験」でプロダクトを作らなくてもリサーチできる

池田:プロダクトを作ったあとで、そもそもの問いが間違っていたと気づくことはよくあると思いますが、これを回避する方法はありますか?

喜多:プロダクトを作る前でも「こういうプロダクトがあったら買うと思うか」という検証はできます。

えそらでは、4コママンガを作り、プロダクトを使う状況やそれを使ったらどうなるかを疑似体験してもらい、その上でそれを買うかどうかをアンケートで検証することが多いです。

いわゆる「ストーリーボード」と呼ばれる手法ですが、この言い方を知ってる人はほとんどいないので、えそらでは「マンガ」と呼んでいます。これによって事業開発のかなり早い段階で、ユーザーからリアルな評価を集めることができます。

喜多:アンケート結果を解釈するときは、「”買う”と回答したのに、実際には”買わない”」というケースはよくあるものの、「”買わない”と回答したのに、実際には”買う”」という逆のケースは起こりづらいことを心に留めています。アンケートをすることで「ダメなものはダメ」というのは分かるんです。

インサイトを見つけるためには、比較して「境界線」を見つける

池田:プランニング段階で、よいコンセプトを見つけるための「リサーチのコツ」があれば教えてください。

喜多:コンセプトを構成する要素として「誰をターゲットにするか」が大事です。そしてターゲットを決めるときには、ターゲットに行動を起こさせる心理「インサイト」を見つけることが重要です。そのためには「ある状況の人と、そうではない状況の人」や「異なる行動や考え方をしている人たち同士」を比較し、その境界線を探すことが有効になります。

池田:比較が鍵になってくるんですね。よければ過去の事例を教えてください。

喜多:ある食品系企業のリブランディング案件の例を紹介します。

その企業は、店舗や通販サイトなどのさまざまなチャネルを持っていました。リブランディングをするに当たって、同じ食品系の分野でもさまざまな飲食店や通販サイトがある中で「なぜこの企業を選ぶのか」という理由を、最初に突き止める必要がありました。

そのためのUXリサーチとして、まずは店舗に行き利用するお客様の行動観察や、継続的に利用しているファンへのインタビューを行いました。すると、1つの発見として、この店舗のファンの中には商品選びにおいて「効率を求めない」人たちがいることがわかりました。

一般的な知見では、人は商品選びにおいて「失敗したくない」や「手間をかけたくない」という意識が強いため、自分に合う商品をちゃんとオススメして欲しいという傾向が強いと言われています。

しかし、この店舗のファンには「当たり外れがある中で、いろいろな商品を試して当たりを見つけることが嬉しい。いきなり正解を与えられても興ざめしてしまう。」といったインサイトがあることがわかりました。

このようにUXリサーチを通して「境界線」を見つけることができると、コンセプトを考える際に、「宝探しを楽しみたい人」と「失敗したくない人」のどちらを優先していくのか? といった議論がしやすくなります。

喜多:異なるセグメントの人たち(男性か女性か、商品知識があるかないか、ヘビーユーザーかライトユーザーか等)に同じ質問をぶつけて、その差を見るのもオススメです。片方の回答だけを見ていても気づくのは難しいですが、差に注目することで気づきが得やすくなります。

また、インタビューをする際は「どこまでは共感できて、どこからは共感できないのか」というように、同じ人の中の境界線にも注目します。

単なるYes/Noではなく「どこからどこまでがYes/Noで、それぞれなぜYes/Noなのか」を深堀っていくことで、その人がどういったコンテキストでそう考えているのかを把握することができます。さらに、ここで他の人にも共通するような再現性があるコンテキストが発見できると、新しい仮説にもつながります。

コンセプト段階でのUXリサーチをもっと増やしたい

池田:最後に、えそらさんの今後の展望を教えてください。

喜多:これまで、新規事業の立ち上げを中心に100を超える実績を積んできました。どうすれば人が欲しがる事業アイデアを生み出せるのか、失敗も含めて過去10年で蓄積したUXデザインのノウハウを、今度は誰もが使えるツールとして提供したいという思いがあります。

ポップインサイトさんは「デザイン段階でのUXリサーチ」を広めていますが、えそらとしては、さらにその手前の「コンセプト段階でのUXリサーチ」を広めていきたいと思っています。

第1弾として、具体的なモノがない事業開発の初期段階でもアイデアをテストできるツールを提供していく予定です。

池田:これからが楽しみですね。今日はありがとうございました。

まとめ

新規事業の成功確率を上げるために、どんなスタンスでどんなリサーチを行うとよいかを事例とともにお伺いすることができ、今回も大変刺激になりました。

「マンガ(ストーリーボード)による疑似体験を通じた検証」は、デザイン会社ならではのユニークな手法ですが、色々なケースで応用できそうです。似たような手法としては、プロダクトやサービスの前に「チラシ」を先に作り、チラシを見て買うかどうかをアンケートする方法もあります。

コンセプトを作るための「インサイト」の見つけ方については、非常に高度な職人芸ではありますが、喜多さんのアドバイスにあった「まずファンに聞く」「比較し、境界線を見つける」というアプローチは普遍的に使える考え方だと思います。

・新規事業では「正しい問いになっているか」をまず疑うべし
・「マンガによる疑似体験」を使えば、コンセプト検証を早く行える
・インサイトを見つけるには、比較することで「境界線」を見つけに行くのが有効

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