UXという言葉が登場する以前に私が見たUXデザイン:操作性編

萩本晋

オフィス機器メーカー、ユーザビリティ評価専門会社を経て、2013年に株式会社キトヒトデザインを設立。ユーザビリティ、UI/UXデザイン関連業務を行う。 趣味はちょっとマイナーな国への旅行。

UXという言葉が騒がれるようになる前にも、UXデザインらしきものは確かにさまざまな形態で存在していました。この寄稿記事では、株式会社キトヒトデザインでユーザビリティ、UI/UXデザインなどを手がけている萩本さんがご自身で体験したデザインのお話を不定期更新でお届けしています。今回は第10回目です。シリーズ全編はこちら

大学では工学部系のデザイン学科に在籍し、さらに4年から修士にかけての3年間はその学科内の人間工学研究室に身を置いた私は、1993年に大学院を修了し富士ゼロックス株式会社に就職、デザイン研究所(当時)に配属されました。

今回は『操作性編』としましたが、主に就職したころのエピソードをいくつかご紹介します。

操作性とユーザビリティ

当時の富士ゼロックスのデザイン部門には操作性デザイングループがあり、私はここに所属しました。主な仕事は、開発中の自社製品がユーザーにとってきちんと使えるものになっているかどうかを評価し、問題があればそれを指摘し改良案を提示するというものでした。

当時、この「ユーザーにとってきちんと使える」という概念を社内では「操作性(英語ではoperability:オペラビリティ)」、それを評価する活動は「操作性評価」と呼んでいましたが、実態は「ユーザビリティ」「ユーザビリティ評価」とまったく同じです。この当時「ユーザビリティ」という言葉はあまり普及しておらず、たまたま「操作性」と称していたという程度のことで、私の中では操作性とユーザビリティに概念的な差はないと考えています。

「操作(オペレート)」と「使用(ユーズ)」という言葉を比べると、後者の方がやや広い範囲を指している印象です。ただ一般的には、例えば「デジタルカメラを使う」と言えば、撮影したり再生したり設定を変えたりする「操作」を必ず伴うので、操作性が高ければユーザビリティが高い、操作性が低ければユーザビリティは低いということになり、両者を区別する意味はありません。

たまに「ユーザビリティ」と「操作性」を区別して使っていると思われる文章を見ることがあります。その場合の「操作性」は、持ちやすさや操作力などの人間のフィジカルな要素を指していると思われる場合や、入力ミスの発生頻度のような定量的に扱える尺度などを指しているように思われる場合があります。しかしながら、このような「操作性」の意味が一般的な認識として定着しているようには思えません。

第二世代

さて、1993年の日本というと、まだWindows 95も発売されておらず、インターネットは一部の企業や研究機関では使われていましたが、一般的にはまったく普及していませんでした。「UI」や「UIデザイン」も業界の専門用語で一般的な言葉とは言い難い状況だったと思います。「ユーザビリティ」という概念が一気に広まるのはWebの普及以降で、それ以前はハードウェアやそのコンパネ部分、パソコンのアプリなどが評価の対象でした。もちろん、UXという言葉もまだありませんでした。

ですが私が就職したころ、すでに社内にはUIデザインや操作性の専任者がいました。私より上の世代の人たちは、デザインや設計など元々は別の業務を行なっている中でUIやユーザビリティという概念を知り、その意義に気づいて、その考え方や方法論を業務の中に取り込んで行った第一世代と言えるでしょう。

私は、UIデザインやユーザビリティそのものではありませんが、それに近いデザインや人間工学を学んで、最初からユーザビリティ要員として採用されたので、いわば第二世代ということになるかと思います。

そんな私も、UXやUXデザインについては仕事をし始めてから知り、自分の仕事に取り込んでいった世代です。さらに若い方たちで最初からUXありきの世代は、第三世代ということになるのかもしれません。

はじまりはいつ?

富士ゼロックスで、いつごろから操作性評価が行われていたのか私にははっきりとわからないのですが、あるとき自分が入社する以前の操作性評価結果報告書を調べていて、1985年の報告書を見つけたことがあります。

また、私の入社当時、限定的ではあるものの操作性に関するガイドラインを社内で独自に整備し、設計部門もこれを踏まえた上で設計していました。

少なくとも1990年前後には操作性評価のやり方がほぼ確立され、製品開発プロセスの中に操作性評価が組み込まれていたものと思われます。これは国内企業としては相当先進的だったと思われます。

富士ゼロックスは、アメリカのゼロックスコーポレーションと緊密な関係がありましたから、この分野の先進国であるアメリカの影響はあったのではないかと思います。

とはいえ、同じ時期から同分野に取り組んでいた国内企業は他にもあり、企業を超えた交流も行われていました。それぞれが限られた情報を頼りに試行錯誤している状態だったため、情報交換の場を欲していたということでしょう。

ちなみに、このような活動が国内で一般的となったのは2000年前後ではないかと思います。

操作性を担当する部署

組織図イメージ

ところで、操作性評価のような業務は、メーカーの中のどの部門が担うべきなのでしょうか。1990年代のハードウェアメーカーでは、デザイン部門がUIデザインを行い、操作性評価も行なっている場合が多かったように思います。

製品開発に関わる仕事に携わる部門の中で、デザインはそもそもユーザーの存在を意識する必要がありました。製品の寸法や強度や処理速度は人間の存在とは関係なく検討することができますが、あるデザインがかっこいいとか可愛いとか感じるのは、その製品に接する人間の頭の中で想起される感情なので、人間なしでは議論できないのです。そのため、UIや操作性といった製品とユーザーの関係に着目する考え方とデザインは親和性が高かったのでしょう。

しかし一方で操作性を製品の品質の一種だと考えると、操作性評価は品質評価部門が行うべきという考え方もできます。また、操作性を高めることでCS(顧客満足度)をあげると捉えるとCS部門の管轄のようにも捉えられます。

さらに、同じデザイン部門にデザインする機能とそれを評価する機能があると、部門内で意見が対立したり評価が甘くなる可能性があるという懸念もあるということで、デザイン以外の部門の管轄とするという考え方にも一理あります。

そのため、操作性グループを別の部門に移管するといった話が時々ありましたが、結局私が在職中はずっとデザイン部門の管轄でした。

プロトコル分析

当時の操作性評価は、今でいうユーザビリティ評価と基本的には同じで、被験者に発話しながら評価対象製品を操作してもらうタスクを与え、その言動を観察する思考発話法でした。

思考発話法によるユーザビリティテストの分析方法を「プロトコル分析」と言いますが、この言葉を初めて聞いたのは、おそらく就職する前後だったと思います。最近ではUX関連の書籍などでは、この言葉が載っていないものも多いようですので、あらためてご紹介しておきます。

プロトコル分析の「プロトコル」とは発話プロトコルです。実際には、発話だけではなく、行動、製品側の状態の変化なども含めたインタラクション全体のログに基づいて分析を行います。

プロトコル分析の正式なやり方は、被験者に頭の中で考えていることを実況中継のようにしゃべりながら評価対象製品を操作してもらい、その様子を録画します。テスト終了後、録画したビデオ映像を見返しながら、発話を含む全てのインタラクションのログをテキストに起こします。このログをつぶさに見ていくことで、タスク中のユーザーの思考プロセスと製品システムの動作プロセスの齟齬とその原因を見つけていくというものです。

プロトコル分析は、もともと心理学の分野から生まれた実験方法です。心理学は人間の心の中を研究対象としていますが、それを科学的に取り扱うためには、客観的なデータに基づく必要があります。そのため、感覚的な議論を排除し、客観的に観察可能な行動のみを信用すべきだと考える行動主義を提唱する学派がありました。

スキナーボックス

例えば、スキナーという研究者は、次のような方法で学習の度合いを測定しました。レバーを押すとエサが出てくるという仕掛けがついた箱(スキナーボックス)にラットを入れます。最初、ラットはその仕掛けを知らないので、偶然レバーを触ったときにエサにありつけます。ラットが、レバーとエサの関係を理解すると、自発的にレバーを押してエサを手に入れるようになります。当然レバーを押す回数や頻度が増えていくので、これを測定することで、習熟度が測れるというわけです。研究テーマは「学習」という心理活動ですが、根拠となるデータはレバーを押すという行動のみですから、行動主義というわけです。

行動主義においては、被験者本人の主観的な感覚や意識は信用できないデータとして否定されます。そもそも動物や赤ん坊のように喋れないサンプルで実験を行う場合、行動に依存するしかないのですが。

しかし、主観的で曖昧で嘘が含まれている可能性もあるとはいえ、被験者自身の心の状態を知る手がかりとして本人の発話情報も活用できるのではないかということで思考発話法が使われるようになったそうです。

このような背景からわかるとおり、思考発話法の基本は行動の観察に基づくインタラクション評価であり、発話はその補足情報と位置付けるべきでしょう。

UXデザイン手法には、思考発話法のユーザビリティテストと似た手法としてインタビュー調査があります。いずれも被験者にしゃべってもらうという点は共通しているため、両者の違いが曖昧になりがちですが、本質的にまったく異なる調査手法なので、はっきりと区別するべきだと思います。

思考発話法やプロトコル分析の考え方は、評価対象がハードウェア製品でもソフトウェアやWebでも同じように適用できます。そのため、UXデザインの手法として今日でも活用され続けています。

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