UX MILK特派員のポップインサイト池田(@pop_ikeda)です。UXの第一線で活躍されている方々へインタビュー&対談し、最新のノウハウをお届けする「UXリサーチ最前線」。今回はイラストコミュニケーションサービスを提供するピクシブ株式会社(以下ピクシブ)で、エンジニア兼UXリサーチャーとして活躍する森田さんにお話を伺いました。
エンジニアとしてSQLを使って定量データを分析する一方で、UXリサーチャーとして定性的なアプローチも取り入れているハイブリッドな活動について、そこに至った背景や価値などをお伺いしていきます。
プロダクト改善のため、データ基盤整備~UXリサーチまで幅広く実施
池田:森田さんは「エンジニア兼UXリサーチャー」という肩書ですが、担当範囲を教えてください。
森田:クリエイター向け作品投稿プラットフォーム「pixiv」を開発・運営する部署に所属しつつ、2018年12月からはデータ駆動推進室を兼務しています。
ピクシブは、社名にもなっているpixivというサービスが有名ですが、それ以外にも漫画アプリ「pixivコミック」・CtoC型ECサービス「BOOTH」など様々な事業を展開しています。事業ごとに部署が分かれているなかで、データ駆動推進室は部署横断でデータを使った改善をしていくための基盤整備やノウハウを社内展開しています。
池田:なるほど。エンジニアでありつつも、データアナリストのような役割も兼ねているんですね。
森田:そうですね。データを扱う上では「データ基盤をどう整えるか」と「得られたデータをサービス改善にどう役立てるか」は不可分の関係なので、セットで考えることが重要です。
データアナリストとデータエンジニアの役割を同時に担うことによって「ユーザーに提供すべき価値はこうで、そのためにこのログを持つ必要があり、そのためにこんな基盤が必要」という考えを一気通貫で行うことができます。自分の成長機会としても良いですし、組織としても理にかなった体制だと思っています。
池田:UXリサーチャーという肩書もありますが、どのようなリサーチを行っていますか?
森田:SQLを使っての定量的なデータ分析をやった上で、それだけで分からないことがある場合にユーザーインタビューなどの定性分析に頼ります。
ピクシブのカルチャーとして、エンジニアやデザイナーといった職種で部署を分けておらず、職種に囚われすぎることなく「良いプロダクトをみんなで作っていこう」という意識があります。定量データ分析もインタビューも、良いプロダクトを作るための手段です。
データを日常的に触っていると、データだけでは掴めないユーザー価値があることに気付きます。ユーザー価値を明らかにするための手段として定性リサーチがあると考えていて、定性リサーチが有効かどうかはケースバイケースですが、必要なときに手段として使えるようにしておきたい、というスタンスです。
定性リサーチは、中長期的な方針を立てるために実施
池田:定量データ分析は日頃から行っていると思うんですが、アンケートやユーザーインタビューをするのはどんなときですか?
森田:中長期的な方針を考えるときです。チーム内で議論する際、共通のユーザー理解を作るために行います。定量データだけでは分からないことが多いので、定性リサーチも併用しています。
最近だと、pixivの方向性を考えるために「なぜクリエイターがイラストを作るのか」「イラスト作りの楽しさや辛さは何か」というテーマで議論する機会がありました。
pixivは作品を投稿する場所なので、データでわかるのは作品をアップロードした後に起こったことだけです。イラストを描こうと思ったときのことや、描いている途中のことは、定量データを分析しても全く分からないわけです。
このときは、アンケートとユーザーインタビューを行って、pixivユーザーがどんなモチベーションでイラストを描いているのかを調べました。その結果いくつかのパターンがあることがわかってきました。
池田:日々のPDCAや改善でも定性リサーチを活用するシーンはありますか?
森田:現状、UIレベルの改善では「A/Bテストで試そう」となることが多く、定性リサーチを行うことは少ないですね。ただ、今後はリサーチを行った方が良いケースもあるとは思います。
たとえば「イラストの投稿数を増やすための施策」を検討する場合は、定性リサーチをした方が良いなと思っています。
イラストの投稿を増やす施策の効果測定をしようと思っても、イラストを作ってからアップロードするまでに数日の時差があったり、増加要因が特定のアニメ作品の流行であったりと、要因が多層的でデータだけで良し悪しを判断するのは困難です。
こういった場合はPDCAサイクルのスピードが落ちる分、施策の精度を向上させたいところなので、定性リサーチが有効に機能するかなと感じます。
議論しながらSQLでデータ分析
池田:先ほどSQLでのデータ分析もおこなっているというお話がありましたが、具体的にどのように分析しているかを教えてください。
森田:A/Bテスト等による施策の効果測定はもちろんですが、チーム内で「ユーザーってこういう傾向がありそうだね」と議論しながら、その場でSQLを叩いて分析することも多いです。
ピクシブの場合、私自身もそうですが、開発者がpixivユーザーであることが多いです。なので、自分たちのpixiv利用体験を通じて、ユーザーに関する仮説が立ちやすいという状況もあります。そういった仮説がその場ですぐに検証できるところが、データ分析の強みです。
池田:pixivは海外ユーザーも多いと思いますが、海外ユーザーの場合でもそういった分析はできるものですか?
森田:確かに、海外ユーザーは行動をイメージしづらいこともあり、日本ユーザーより分析が難しいです。
事業ドメインやユーザーの置かれた環境に関する知識がないと仮説が立てづらく、その状態で定量データを分析をしようと思っても数値何を意味してるか読むのが難しいです。その点で、海外ユーザーに対するUXリサーチをしたいニーズはあります。
ただ「海外ユーザー」と一口にいっても多様で、少人数の意見を聞いても汎用的なインサイトは得られないと思うので、どんな手法が最適かは今後考えていきたいです。
リサーチ結果をチームで共有するには
池田:チーム内での合意を得るために、定性リサーチ結果を各メンバーへどのように伝えるかは重要だと思います。どういった工夫をされていますか?
森田:しっかり言語化するアプローチを大事にしています。
リサーチの目的は、いかに「わかっている」を増やしていくかだと考えています。どれだけ優れたリサーチ手法を用いてたくさんの情報を集めても、最終的なアウトプットが「なんとなくわかった」レベルにぼやけてしまっては意味がありません。
自分の中での「わかっている」を確かなものにしていく、なおかつそれを人に伝達可能な状態にするために言語化がとても重要です。また言語化の過程で「まだユーザーのこの部分がわかっていない」という新しい論点も出てきます。
池田:言語化していくというのは、「普段の行動パターン」や「イラストを書くときのモチベーション」などを記述していく感じでしょうか?
森田:そうですね。例としては「イラストを思いついたとき」「描いたとき」「投稿するとき」など、ユーザー(創作をする方)のフェーズごとの悩みなどを具体的に言葉で記述したりといった形です。
ユーザーにとっては当たり前のことでも、そこから縁遠い開発者にとっては新鮮な情報になったりもします。丹念に言語化するにはそれなりの時間を要しますが、ほかの開発メンバーからの評判はかなり良いので、有効な手段であると感じています。
とはいえ、言語化にはかなりの手間と時間を要するので、今後は他の手段も追求したいなと思っています。
まとめ
以前あるイベントで森田さんとお会いした際、「エンジニア兼UXリサーチャー」という肩書の珍しさに驚きましたが、定量データと定性データをうまく併用しながらプロダクトをよくしていく取組みはとても素晴らしいと思いました。
「定量データを見るためには、ドメイン理解・ユーザー理解が必要」というお話もとても腑に落ちました。森田さんのように、データ以外の視点も持てるデータアナリストが増えることで、成果に繋がる分析が増えるのでしょうね。
・定量データも定性データも、プロダクトを良くするための手段!どちらかに偏らず、必要に応じて両方取り入れよう!
・中長期的な方針検討や定量データで捉えることの難しい多層的な要因把握に、定性リサーチは特に有効
・定量データを分析するにも、ユーザー理解(仮説)が不可欠
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