あなたが1980年代に生まれ育った世代なら、「choose your own adventure(きみならどうする?)」というゲームブックシリーズをご存知かもしれません。
『The cave of time(タイムトンネルの冒険)』や『The throne of Zeus』、幻想的で誰もが夢中になった『You are a shark』など、これらはまさに自分自身の冒険を選択するためのシリーズでした。
従来の子ども向けの本とは異なり、ストーリーが展開するにつれて選択を迫られます。それぞれの選択により、本の異なるページに移動し、多くの異なるストーリーとエンディングが待っています。いつも間違った選択をして、がっかりする結果で終わったりもしましたが、それが1980年代のエンターテインメントの限界だったのかもしれません。
ここでは、シナリオといくつかの選択肢を提示することで、ゲームブックに夢中になっていたころの興奮をもう一度思い出してみようと思います。賢く選択肢を選び、対応するページの先に広がるストーリーを目にしましょう。
きみならどうする?「UX編」
あなたは自分が住む都市で新しく立ち上げる観光Webサイトの主任デザイナーです。
このWebサイトは、その都市を訪れる観光客向けにイベントの詳細や、見どころやおすすめの観光地などとともに、移動方法などの実用的な情報を提供するものです。サイトの構築に時間的な余裕はないので、できるだけ早くWebサイトのデザイン作業を始める必要があります。
ところが、サイトのコンテンツの内容が決まっていないだけではなく、未だドキュメント化されたものさえないのです。この状況で、あなたならどうしますか?
- 「Lorem Ipsum」のダミーコンテンツを使って作業を始めるなら、選択肢A「ダミーコンテンツを使う」に進んでください。
- デザインの作業にとりかからずに、サイトコンテンツが決まるまで待つ場合は、選択肢B「コンテンツを待つ」に進んでください。
選択肢A「ダミーコンテンツを使う」
適当なダミーテキストを作ってくれるコンテンツジェネレーターと、美しいストックフォト数枚をデザインのダミーコンテンツとして使用します。
これによってすばらしいデザインが完成するでしょうが(少なくともあなたはそう思うはずです)、開発者がCMS(コンテンツマネジメントシステム)を介して実際のコンテンツを入力したとき、それは一転して悪い方向へ向かいます。
すばらしい出来栄えだったデザインは、消えてなくなってしまいます。画像はとても小さくなり、タイトルは行が折り返され、ナビゲーションが混乱し、文字数が足りず、デザイン内の一部のコンテンツが消えてしまうなど。
締め切りが迫ってくるにつれて、あなたとコンテンツチームの間で罵り合いが発生し、板挟みとなった開発チームはその間で立ち往生するでしょう。
このサイトは最終的には稼働するでしょうが、UXの分野でのキャリアを生かしきれず、代わりにこのような騒ぎに労力を使ったことにより、Webサイトはまとまりがなく、混乱している印象を残すでしょう。
予期しない不幸なミスが起き悲劇的な結末を迎えるまで、あなたは残された時間でゴールに向かって死に物狂いの作業に追われることになるでしょう。
選択肢B「コンテンツを待つ」
あなたは実際のコンテンツがどのようなものになるのかを知らないまま先に進むのではなく、コンテンツを待つことにしました。
時間的な余裕がないことが、コンテンツチームにとって大きなプレッシャーとなり、サイトを期限内に立ち上げられないリスクとなります。
コンテンツチームは急いでなにかをまとめてくるでしょうが、もともと時間がないことから、公開前にユーザーからのフィードバックを得ることはおろか、デザイン作業に費やす時間もほとんどありません。
結果的にこのサイトは、綱渡りのように危なっかしいコンテンツとデザインで稼働することになります。コンテンツチームとデザインチームは、お互いを非難し合うでしょう。
仕事の成果を祝うはずだった公開後のセッションでは、コンテンツチームがあなたを無理やりその場から追い出そうと企む、物騒な場となるでしょう。
驚くほどしっかりしていたあなたのキャリアが、どうしてこんなにもひどいことになってしまったのかと反省することになります。
ダミーコンテンツを使う? それとも実際のコンテンツを待つ?
それでは、どちらの選択肢が正しいのでしょうか?
デザインにダミーコンテンツを使用しますか? それとも実際のコンテンツができあがるのを待ちますか? 難しい質問ですよね。
にわとりと卵のどちらが先かという問題に少し似ているかもしれません。必要なコンテンツはデザインによって決まると考えれば、おそらくダミーコンテンツを使用してデザインを進め、そのあとで実際のコンテンツを追加することになるでしょう。
一方、コンテンツはデザインの基盤ともいえます。そう考えるとしたらおそらく、コンテンツを最初に配置してから、デザインを構築すべきでしょう。ますます難しくなてきましたね。
ストーリーが2つとも、最終的にハッピーエンドに至らなかったのだとすれば、おそらく2つのうちのどちらかを選択するというような、単純な問題ではないのです。
ずるいと言われるかもしれませんが、3つめの選択肢について少し説明します。
そのまえに、まずはダミーコンテンツを使ってデザインすることについて一緒に考えてみましょう。それから、実際のコンテンツを使用することについて具体的に考えてみます。
ダミーコンテンツでデザインするということ
ダミーコンテンツを使用したデザインは、一見、非常に理にかなっていると言えます。
実際のコンテンツの作成には時間がかかるだけでなく、lipsum.comによると「レイアウトをみたときに、読者がページの読みやすいコンテンツに気を取られる」ということは、かなり前から確立されている事実です。
したがって、おそらく下の例のようなダミーコンテンツを使用することにより、デザイナーは厄介なコンテンツに気を取られることなく、視覚的なデザインとページのレイアウトに集中できます。私は少々賛成しかねますが。
ダミーコンテンツを使用した際のデザインの問題点は、サンドイッチになにを挟むのかを先に決めないまま、つくり始めるのと同じようなものです。おなじみのBLT(ベーコン、レタスとトマト)などの最高においしいサンドイッチをつくるために肝心なのは、パンとバターではなく、2切れのパンの間になにを挟むかということです。
コンテンツはデザインに不可欠なものであり、またデザインはそのコンテンツを中心に構築する必要があります。ダミーコンテンツを使用することにより、デザイナーはつねに多くの仮定を行うことになります。コンテンツの種類、コンテンツの形式、コンテンツの長さ、そしてどのようなコンテンツが利用可能かという問題まで。
同僚によく言うことですが、「Assume(仮定する)」という単語は「U(あなた)」と「Me(私)」で「Ass(ごみ)」をつくり出してるようなもので、実際のコンテンツがデザインに配置されたときにはつねに、そのデザインはあっけなく失敗作になります。パラグラフが短すぎたり、長すぎるのです。特にドイツ語のような非常に単語の多い言語に翻訳する場合、タイトルは長くなってしまいます。また、画像のサイズや比率も合わなくなります。利用可能であると想定されていたコンテンツは利用できないものへと変化します。
ダミーコンテンツは理想的コンテンツと呼ぶのがぴったりでしょう。それは、デザイナーにとってコンテンツがこのようになればよいという理想であって、実際に使われるコンテンツのデザインとは異なるものだからです。デザインにダミーコンテンツを使用すると、フィードバックを得ることが難しくなります。デザインに関する批評の形式、およびユーザビリティテストの形式でのフィードバックなどがそこに含まれます。
コンテンツはコンテキストを提供するものであり、そのコンテキストがなければ、ユーザーや仲間のデザイナーがフィードバックすることはほとんどないと言えるでしょう。彼らは理想論を話し合ったりはしますが、それ以上のものは得られないでしょう。
私がかなり前に代理店で働いていたとき、ダミーのコンテンツを入れ込んだいくつかのデザインに対して、タスクベースでユーザビリティテストを実行するように依頼されました。クライアントは、ダミーコンテンツを使用することで、ユーザーからデザインの美的な部分のみに関するフィードバックを得られるものと勘違いしていたようです。当時、チームの新入りメンバーだった私は、愚かなことにこの考えに異を唱えなかったのです。その結果、ラテン語らしき文字がぎっしり詰まったデザインをみたユーザーからは、有用なフィードバックをほとんど収集できず、このテストのセッションは途中で中止するしかありませんでした。
それでは、ダミーコンテンツを使ってデザインするのが十分ではない場合、実際のコンテンツを使用してデザインするのはどうでしょうか?
実際のコンテンツを利用したデザイン
すでに述べたように、コンテンツはデザインの基盤と言えます。それはデザインを支える石の柱であり、レンガであり、梁でもあるのです。ダミーコンテンツを使用すると、リスクが高く、損害を与える仮定につながる可能性も多いのです。
では、デザイナーは必ず実際のコンテンツを使用してデザインすべきなのでしょうか? A List ApartのWebデザイナー兼創設者であるJeffrey Zeldman氏は以下のように答えています。
答えは「イエス」です。現実世界での理想は、コンテンツはつねにデザインより優先され、デザインはつねに実際のコンテンツを使うということです。
しかし、私たちが暮らす社会は理想的ではありません。この記事の冒頭で選択した独自のゲームブックのように、実際のコンテンツを使ってデザインする場合の問題点の一つは、依存関係の上で成り立つということです。このようにしてつくられたデザインは利用可能な実際のコンテンツに依存していますが、それは滅多に実現できることではないのです。
ここでcatch-22(八方塞がり)の矛盾した状況に陥ることになります。コンテンツなしではデザインを進めることはできませんが、コンテンツもまた、デザインに基づいているため、それ以上前に進めないことになります。
この行き詰まった状況で、なにができるでしょうか? 救世主とも言えるコンテンツ戦略に一歩、近づいてみましょう。
コンテンツ戦略が正解である理由
あなたが建築家だとします。UXアーキテクトや、テクノロジーアーキテクトではなく、古きよき時代のレンガとモルタルを使う建築家です。
私が建てたいと思っている新しい家の設計をいくつか考えてください。設計図を描くのに、家の詳細まで知る必要はありますか? 好みのバスルームを取り付けますか? 家具の配置はどうしましょうか? 額縁はどこに掛ければいいですか? もちろん、このような詳細までを知る必要はないのです。家の間取りをどうしたいか、部屋、大きさ、全体のバランスなどについては具体的に知る必要がありますが、すべての詳細まで必要なわけではありません。
このように、UXデザインにも同じことが言えます。デザインのために実際のコンテンツのすべてを事前に用意しておく必要はないのです。どのようなコンテンツになるのかという的確なイメージさえあればよいのです。
これを実践するための最良の方法は、コンテンツ戦略を考慮し、コンテンツを事前に知ることです。これにはコピーテキストだけではなく、写真、ビデオ、ダウンロードなど、さまざまなリソースが含まれます。コンテンツ戦略の作成はそれ自体が大きなトピックであり、この記事の最後に、いくつかの記事を参照できるようになっています。重要なのは、デザインを始める前にコンテンツを計画することです。
たとえば、サイトまたはアプリのページと各ページのコンテンツの概要を示すサイトマップを作成します。ご参考までにサイトマップのサンプルをご参照ください。
コンテンツ戦略を活用すれば、現実的なコンテンツを作成することができます。あくまでも「現実的」であって「現実」ではないことに注意してください。最終的な作品は必要ありません。それに限りなく近いもので充分です。
この現実的なコンテンツは、プロトコンテンツと呼ばれることもあります。Liam King氏のすばらしい記事である「よりよいUXのためのコンテンツ優先デザイン」にもあるように、これを行うためのよい方法は、同様のWebサイトまたはアプリからコンテンツを借りることです。
たとえば、今回のストーリーで挙げた観光Webサイトの場合は、他の都市の観光サイトの画像、記事、リストをデザインに利用できます。
過去の私の経験では、ここにスペースを埋めるためにちょっとした下書きのコンテンツを書き入れました。これにより、デザインやフィードバックを得るための現実的なコンテンツとデザインを提供できるだけでなく、コピーライターにはサイトやアプリに必要なコンテンツの種類についての的確なイメージを与えることができるのです。
最後に
ダミーコンテンツを使用してデザインを始めるか、実際のコンテンツを使用してデザインを始めるかは大きな問題です。しかし、はたして本当にそうでしょうか?
これらのアプローチの両方を採用することには問題があり、しっかりしたコンテンツ戦略のもとにデザインすることが重要であること、またそれには必ずしも実際のコンテンツではないにせよ、現実的なコンテンツを使うことがベストアプローチだということがおわかりいただけたでしょう。あなた自身のコンテンツの難関を打ち破れるよう、健闘を祈ります。
リファレンス
- Why content comes first (InVision blog)
- Is it OK to design my UI before content is created?
- Designing Content-First for a Better UX
- Content Strategy: A Guide for UX Designers ― Free eBook (GatherContent)
- Complete Beginner’s Guide to Content Strategy (UX Booth)
- Content Strategy and UX: A Modern Love Story (UX Magazine)
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