KASHIYAMA the Smart Tailorはオンワード社が提供するF2C(Factory to Customer)のオーダースーツブランドです。今回のインタビューでは、同ブランドの業務アプリのリデザインについて、そのUXデザイン改善を手掛けた株式会社フライング・ペンギンズの土屋さんと、実際、現場で利用されているオンワードの皆さんにお話をお聞きしました。
L to R
株式会社オンワードパーソナルスタイル 渡邉智美さん
株式会社フライング・ペンギンズ COO / UXイノベーター 土屋 晃胤さん
株式会社オンワードパーソナルスタイル 和田雄一郎さん
株式会社オンワードパーソナルスタイル 遠藤裕士さん
※以下敬称略
オーダースーツの民主化を目指すブランド
―まずはKASHIYAMA the Smart Tailorについて教えてください。
和田:オーダースーツというと、一般的に高そうであったり、どうやって買えばいいのかわからなかったりで、敷居が高いというのがあると思います。そこでオーダースーツを民主化したいというところから「KASHIYAMA the Smart Tailor」が生まれました。
いわゆる工場からお客様のところまで直接届ける「F2C(Factory to Customer)」事業となります。工場直送で、デジタルの力も借りながらさまざまな工程を効率化しつつ、納期は最短1週間、値段も3万円からのご提供にして、お求めやすくしたブランドです。
―オーダースーツが1週間、3万円で作れちゃうのは魅力的ですね。今回フライング・ペンギンズさんは具体的にどのように関わったのでしょうか?
土屋:フライング・ペンギンズはデザイン型イノベーションファームで、去年できたばかりの会社です。私たちは通常のUXデザインプロセスをできるだけ並行に進めることで、スピードと具体性を武器に企画や開発を行っています。
今回はオンワードさんからKASHIYAMA the Smart TailorのIT化の部分でご相談があり、オーダースーツの発注時にスタッフさんが使用する業務アプリの改善を手がけました。
スタッフが一時間以内で接客できるように
―当時はどんな課題があったのですか?
和田:やりたかったこととしては、スタイルガイドの業務を効率化すること、売上や仕入れの管理の効率化の2つですね。スタイルガイドとは実際の店舗で「どんなスーツがいいですか?」と接客する人のことです。メジャーと紙の採寸伝票を持って採寸したり、実際の生地など見せながらお客さんとデザインを決めていきます。
ブランドが始まった2017年10月の時点でも一応デジタルの仕組みはあったのですが、紙の伝票をあとからデータ化したり、それを目視で確認したりと、まだまだ負担が大きい状況でした。
―すごく細かいですね。これをあとでデータに転記するのは大変そうです。
和田:はい。そしてうちは予約制で、1回の予約時間が1時間と決まっているのですが、このオペレーションだと時間内に収まらないのが大きな問題でした。
また、スタイルガイドの中にはベテランの方も多く、その方々は紙に慣れ親しんでいるので、そういった意味でもデジタルへの移行の抵抗感も多かったのも問題でした。
土屋:なので、フライング・ペンギンズ側で設定した今回のプロジェクトのKPIはシンプルに「接客時間を1時間内に収めること」でした。具体的にはスタイルガイドさんが現場で使うタブレットアプリのリデザインというプロジェクトになりました。
実際フィッティング現場の観察からの発見
―ここからはしばらく土屋さんに実際のデザインプロセスをお聞きしたいのですが、どこからはじめたのですか?
土屋:最初は先ほど見せてもらった伝票を1枚もらい、業務フローをまとめた100ページぐらいのドキュメントをもらったんです。そのドキュメントを見ると注文ができあがるまで100ステップぐらいあるんですが、そのうちスタイルガイドさんがやるのは、そもそも5ステップぐらいでした。
ただ、じゃあそれを2ステップにしましょうという話ではなく、5ステップは5ステップですべて必要なステップです。なので、一旦途方に暮れたのですが……。とりあえず現場に行って、スーツを1回作ってみようと思いまして。
―おお、実際スーツを作ったんですね。
土屋:一旦見てみないことには、何も思いつかないですしね。それで、同僚を連れて行って、彼がスーツを作ってもらうのを私はひたすら見てたんですね。見ていたときにすぐに気づいたのは、スタイルガイドさんのメモを取る回数の少なさですね。
私の想像では、最終的な採寸伝票を見ていたので、現場ではさぞかしすごい勢いでメモを取るのだろうと思っていたんです。
―たしかに、あの採寸伝票を見る限り、測るポイントは多そうですね。
土屋:あれを埋めるためにすごい量のメモを取るんだろうなと思ったら、それほど取らないんです。「なんでだろう?」と思って、採寸のステップが終わったところでスタイルガイドさんに聞いてみたら、体の寸法は5~8ヵ所しか測らないとのことでした。採寸伝票にはあんなに項目あるのに。
5~8ヵ所だけ測ると型となるスーツを決めることができるので、あとはそれを着てもらって腕のサイズとか裾のサイズを直すんですね。
―なるほど。テンプレートにあてはめてから調整するんですね。
土屋:はい。つまり、インプットとしては「①基本サイズを決めるためにヌード寸法を取る」、「②サイズが決まってからそのサイズのスーツを微調整する」という2ステップなんですね。
最終的に決まったものをあとから採寸伝票に記入していっているようで、場合によっては接客中の1時間内で収まらず、あとで残業してやっている方もいたということで、この辺りはうまく効率化できるはずだと思いました。
それを聞いたら、もうやることは決まったも同然で。1人でちっちゃくガッツポーズを何回もしてました(笑)。まだ何もできてないのに。
―「見えた!」みたいな。
土屋:はい、うちの会社で仕事していて一番楽しい時間です。
でも、最初のいただいた業務フローを読み込んだり、100項目くらいある伝票とにらめっこしたのも、必要なフェーズだったように思います。この工程をなくしていきなりリサーチに行ったら、同じようには気づかなかったかもしれません。
―アンテナが立ってなかったかもしれないということでしょうか?
土屋:アンテナが立ってなかったですね。あの伝票は頭の中にあって、やってることを見ていたから感動がありました。書かれていたステップの、もっと中が見えたと。スタイルガイドさんの作業って一見「数値をメモしているだけ」の工程なのですが、彼らの脳内で行っている変換作業こそがインサイトだと感じました。
なにはともあれ、そこからすぐプロトタイプ作りに移りました。
プロトタイプを持って2、3日に一回は、ユーザーテスト
―具体的にはどんなプロトタイプに落とし込んだのですか?
土屋:仕組みとしては5個の寸法を入れると自動的に型が出て、その次に型の基本サイズから変動要素をプラス・マイナスできるようなアプリを思い浮かべました。
仮説が形になったらすぐにまた現場の人にプロトタイプを触ってもらいにいきました。合計で15回くらいやりましたかね。
―結構な回数行きましたね。
土屋:当時は2、3日に1回、誰か1人スタイルガイドさんを連れてきてもらってプロトタイプを触ってもらってました。毎回違うスタイルガイドさんに、ここは良い、ここは駄目、みたいなのを繰り返していきました。
―やり方はスタイルガイドさんによって結構違ってくるのでしょうか?
土屋:そうですね。皆さんそれぞれのスタイルがあるのですが、実は採寸のところにはあまり違いはなく、それ以外の部分で各々のノウハウが隠れているようでした。そういったスタイルガイドさんの個性を殺さないように、システムとしては自由度を持たせようというコンセプトがやりながら決まりました。もしアルバイトのような人がやる作業であれば、ウィザードのように全部システムに落とし込みますが、今回の場合は職人の方が使うようなツールとして、それは多分良くないんだろうなと思いました。
コンセプトはプロトタイプと同時並行
―先ほど「コンセプト」という言葉が出ましたが、そもそも今回のUX改善って、「こういうコンセプトでやります」みたいなのって、いつの段階で出したのですか。
土屋:これはあまり一般的ではないかもしれませんが、うちでは「このプロダクトに価値があるか?」や、今回だったら「これは作ったらスタイルガイドさんが喜ぶか?」というところで合意が取れるまで、一切コンセプト資料みたいなのは作らないんです。
ただ私の頭の中には、プロトタイプが思いついた段階で、仮のコンセプトは一応組み立てます。ただ言語化していないだけで。
―大まかな全体のコンセプトを作る前から、もうプロトタイプを作って検証し始めてしまう、と。
土屋:コンセプトの文章って、お客さんに見せて合意したがるんですけど、その場で合意したとしても、中身って案外伝わってないんですよ。往々にして抽象的な文章になりがちで、色々な人が色々な解釈をしてしまう。「わかった。そのコンセプトで作ってくれ」と言われて作っても、「思ってたものと違う」ということが起きてしまう。
―あるあるですね。
土屋:同じ業界の人同士だったら、それでも合意が取れるかもしれません。ですが我々がお仕事する多くの方は違う業界の人たちなので、私たちが作ろうとしているものをプロトタイプなりでなるべく早い段階で形としても見せつつ、それと同時にコンセプトの合意を取ろうとします。「このコンセプトを具現化したものがこれですよ」と見せられるように。
―プロトタイプとコンセプトはセットで見せるんですね。
土屋:そうです。もしコンセプトを変えるんだったら、このプロトタイプのどこの部分が気に入らないですか? というやりとりをしながら合意を取っていく。
「このプロトタイプの中のこのコンセプトに合意していただけますか。合意していただけるんだったら、これから100画面でも200画面でも展開していけますよ」という感じです。コンセプトの合意は大事なんだけど、コンセプトだけで合意しちゃいけない。
―なるほど、確かにコンセプトはキレイに書けているけど、あれ? と戸惑うケースは多いと思います。
土屋:逆にプロトタイプだけに合意してもらっても困ってしまいます。プロトタイプって当然作っていく中で変わっていくものなので、プロトタイプで合意を取ったばかりに、左右のボタンを入れ替えるのもまかり通らなくなって、苦しくなってしまいます。
両方見せて、「具体的にはこういうことです。でも合意してほしいのは、こっちのコンセプトです」という言い方をしたのがこちらの資料です。
土屋:これは3~5回ぐらいのプロトタイプ検証をして、我々がもうこれで作っても価値があるな、と確信が持ててから資料に起こしました。普通に考えると逆なんだと思いますけど(笑)。
―一般的には逆ですが、プロトタイプが素早く作れるのであればこちらのほうが現実的に感じます。そして他業界の人においては、コンセプトよりも触れるもので一緒に考えたほうがいいのもうなづけます。
土屋:私たちフライング・ペンギンズではこの手法を「超並列UXデザイン」と呼んでいます。今回のように、プロトタイプを作って触ってもらいながら、同時にコンセプトを詰めていくことでスピードと具体性をもって企画や要件定義を進められます。
プロトタイプを修正して改善するサイクルに入るまでの工程を出来るだけ短くするため、通常リニアで行われるUXデザインの各工程を同時に走らせるという発想です。今回はUXデザインの各工程のみですが、スタートアップ/新規事業向けでは、ビジネスやユーザー行動モデルも同時にデザインします。
―プロトタイプで検証しながらコンセプトを詰めていくのはまさに「超並列」ですね。
土屋:私の場合は 過去にエンジニアだった経験があるので、それが「完成形をイメージしながら並行してコンセプトも考える」というスタイルにつながったのかもしれません。UXデザイン、UXによるイノベーションは新しい領域ではありますが、さまざまなキャリアでの経験が応用できる分野だと思います。
劇的に改善された業務フロー
―再びオンワードさんにお話をお伺いしたいのですが、実際にアプリが現場登用されて、どうでしたか?
和田:まずシンプルに、採寸情報の入力業務が劇的に改善されたので、スタイルガイドの業務負担が減りました。
接客~採寸~決済~入力を一つの接客フローだとすると、今までだと1時間の予約枠の中で「入力」の作業が出来ずに、あとでまとめて確認~入力という作業をしていたのが、現在では1時間の枠の中で全て完結できています。
土屋:正直ホッとしました。3つのコンセプトは実現できてる自信はあったんです。ガイドできてるし、入力もしやすくなってるし。ですがこれが本当に1時間で終わるのか。1時間半が1時間10分になっても結局残業は発生するわけですから、それでは意味がないですよね。
これが「10分~15分どうしてもはみ出るんですよね」と言われていたら、もう1回出直すところでした(笑)。
―この効率化によって、ビジネスへの影響はあったのでしょうか?
和田:このシステムは去年11月に新規オープンした「銀座ベルビア店」「表参道店」の2店舗で先行導入したのですが、どちらの店舗も初月の予算を大きく達成しました。
もちろん、システムだけの効果ではないのですが、特に銀座ベルビア店に至っては予算の2倍以上売上げていまして、これは今までのフローでは確実にこなすことができなかったですし、システムの貢献が非常に大きいと言えます。
―スタッフのストレス軽減以上に明確にビジネスにコミット出来たんですね。
和田:はい。あとはこのアプリを見て、お客様もこんなに簡単にオーダースーツが出来るのに驚いて頂けているのも発見でした。実際に買うお客様の目線でいったとしても、確認するのにとても見やすいと思います。
―お客様もこのアプリを見ることがあるのでしょうか?
和田:最後に受注した内容を確認するときにお客様と一緒に受けた内容を全部確認しているので、そこで使っているんですよね。お客様も見やすくて、このツールはそこがいいな、と私は思ってます。
―なるほど、お客様への信頼性にもつながりますね。本日は皆さん、ありがとうございました!
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提供:株式会社フライング・ペンギンズ
企画制作:UX MILK編集部