丁寧でやさしい「スローデザイン」を実践し日々良い選択をする

UX MILK編集部

モノづくりのヒントになるような記事をお届けします。

近年、デジタルプロダクトがもたらす社会的な影響が大きくなってきました。これはプロダクトやサービスを作る私たちにとって、よりエシカル(倫理的)な観点でのアプローチが必要になってきていると言えます。

UXデザインという観点からも、エシカルな考慮は避けて通れません。環境・プライバシー・ジェンダー・中毒性など多様な問題がデジタルプロダクトによって引き起こされています。

この新連載「それぞれのエシカル」では、エシカルデザインに関心を持つクリエイターに焦点を当て、それぞれの観点からのエシカルデザインに迫ります。

今回お話をお聞きするのは株式会社エクサの安藤幸央さんに日々のデザインで意識していることや日々の生活でどうやって取り入れていくかを聞いてみました。

登場人物
株式会社エクサ UXリサーチャー・デザインスプリントマスター 安藤 幸央さん
株式会社メンバーズ UXディレクター / UX MILK編集長 三瓶 亮
※以下敬称略

「よく考えられている」デザインを追求したい

三瓶:エシカルデザインと一言で言っても、さまざまなトピックを内包しているので、人それぞれ問題意識や対峙するテーマが変わってきます。安藤さんが今、特にフォーカスしたいものはありますか?

安藤:僕がもともと持っていた考えが、ちょうどエシカルというカテゴリーにうまくはまったなと思います。僕が重要視しているのは「よく考えられている」かどうかです。ユーザーのことを考えるのはもちろんですが、優しい対応をしていることや永続性を持っていけるかということですね。ユーザーにとって違和感がないことや、ユーザーが意図せずハマってしまわないかなど、ちょっとした柔らかいことが大事だと思っています。

「よく考えられている」という切り口が僕にとってのエシカルです。もっと多様性を持つことや、サステイナビリティなどが主眼の方もいらっしゃるとは思うけど、僕にとっては信頼を築くことや誠実であることがエシカルデザインの枠組みですね。

三瓶:なるほど、環境問題や人権問題などよりも、もう少し身近な部分からいきたいという。

安藤:はい、テーマとして深めていきたいのは身近な部分ですね。環境問題なども、もちろん大事なことですが、自分がメインで取り組むテーマではないと思っています。

三瓶:「よく考えられている」プロダクトの例とかありますか?

安藤:デジタルな事例ではありませんが、エシカルだと思ったプロダクトは「MONOの文房具セット」です。これはマークシート専用の文具セットなんです。

画像引用:トンボ鉛筆

三瓶:へえ、そんなのがあるんですか。

安藤:普通に売っているMONOの鉛筆と消しゴムなのですが、すでに削ってあったり、マークシートに一番良いHBの硬さだったり、先っぽが折れないようにふたがしてあったり。鉛筆削りや消しゴムも付いていて、これがあれば「さあ、マークシートを書くぞ」というときに、他には何の準備もいらずに、安心してスタートできます。

三瓶:どこか優しさを感じるセットですね。

安藤:このマークシート専用の文房具セットを買うことによってすごく安心しますよね。その安心した体験がまたMONOというブランドへの信頼に繋がってまた使いたくなりますし、いろんな商品がある中で「どれを買う?」となったときにまたMONOを選択すると思うんです。

倫理的だとか、正しいか正しくないかということよりも、僕が持つエシカルのイメージは、「よく考えられている」体験を生み出すことによって、永続性を持つというほうが近いです。「よく考えられている」方が人々に信頼を与えるし、好きになってもらえるし、それが口コミで広まっていく。

無理やりバズらせるとか「インスタ映えする写真」を無理やり作ることではない、社会活動なのかなと思っていて、MONOの考え方は素晴らしいなと思いました。

「スロー」なデザインをどう実践するか?

三瓶:サステイナビリティという言葉は、CO2削減! といったイメージに繋がる傾向がありますが、苛烈なマーケティングに頼らなかったり、変な安売りをしないなど、プロダクトの価値でちゃんと永続的な商売が成り立つという意味でのサステイナビリティは、僕もすごく関心があります。

環境問題だけではないサステイナビリティ、つまり疲弊しないサービスをつくるとかというテーマがたぶん我々にとって一番身近なんじゃないかなと思っているんですよね。これは何と呼べばいいのでしょう?

安藤:そうですね、スローフードやスローライフにならって、スローデザインという言葉はどうでしょうか。
スローフードやスローライフとは言うけど、スローデザインというカテゴリーは多分まだないですよね。寄り添うデザインとか、主張しないけどちょっとそこにいてくれるデザインというイメージです。そう考えると僕が言っているのはエシカルとスローデザインのちょうど良いところなのかもしれない。

三瓶:なるほど。人に寄り添うとか、人との関係性が、倫理的に良いだけであって、直球で倫理感を問うような向き合い方ではないのですね。

安藤:直球で倫理感を問う方向性ではないですね。

多様性と余裕を持つ

三瓶:仮に「スローデザイン」と呼ぶとして、これは実際どういう風に取り組むことができるのでしょうか?

安藤:まずは多様性を持つことでしょうか。多様性があれば余裕も出てきて、自然とエシカルな方向に行けると思います。何かが欠けてたり、ギリギリだったりすると、エシカルな部分はどんどん失われていく気がします。

三瓶:たとえば、デザインする時間、とかですかね。納期が決まっているだとか。

安藤:そうです。だからなるべく余裕や多様性を持つことと、知識やインサイトを充分に持つこと。いろんなものを見たり知ったりすることで、「ああ、こういうときには、これを使った方が良いよな」と気づけることが重要だと思っています。

何事も余裕を持つことで、もっと丁寧に取り組めるし、テストや検討などもじっくりできます。デジタルの場合、現実世界では絶対やらないような嫌がられることを平然とやってしまうので、注意が必要です。

三瓶:余裕を持つと言っても、大半の方は「いや、そんなことを言うけど…」となると思うのですが、どうしたらそういうマインドになれるのでしょうか?

安藤:まずは「他人が嫌だと思うことは何なんだろう」、「逆に他人が良いなと思うことは何だろう」と、自分なりに普段から考えるといいと思います。これは単にコンテンツを消費してばかりだと気づかなくて、自分を俯瞰して見ないと気づけないことがたくさんあります。

三瓶:慣れていない人はトレーニングしないといけないですね。

安藤:トレーニングというのも何か言い過ぎだけど、気づけるように努力したいですね。どこかでショックな出来事があって気づけると、全ての見え方が変わってくると思います。

広告の世界はエシカル的なことを考えてる人がすごく多くて進んでいるし、そういうバランス感覚を持ってもいる人が多いです。意図的にそれを破っている人もいますが。最近話題になっていて良かったのは、ハイネケン(オランダのビールメーカー)のCMです。

昨今、多様性とか男女平等とかすごく声高に言われるけど、それを直球で言われてしまうと、少し自分ごとにしづらい面があります。このハイネケンのCMはとてもよく考えられていて、タイトルが「Men drink cocktails too(男だってカクテルを飲む)」というんですね。

三瓶:すごくシャレたアプローチでいいですね。

安藤:はい。もしかすると最初ハイネケンが「女性のハイネケンユーザーが少ないから、増やすように広告を作れ」というような命題だったのかもしれません。

それをすごくスマートに解決しているし、皮肉が効いているというか、ちょっとニヤっとさせられます。多様性という点ではもちろん全てに対応しきれるわけじゃないけど、少なくとも嫌な気持ちになる人はいないと思うんです。

三瓶:ないです。優しい。素晴らしいですね。

安藤:ですから、広告のクリエイティブから学べることはすごく多いです。時代によって、どこまでやって良いのか悪いのかというニュアンスも、結構変わったりしますから。

三瓶:確かに。広告は良い入口かもしれません。

スローデザインの第一歩はUXライティング

安藤:もう少し実務に近いところで行くと、自分もすごく気にしていて、周りにも気にするように推し進めているのは「UXライティング」です。

三瓶:おお、実務らしいのが来ましたね。

安藤:エンジニア的考えで「正しく・正確に・間違いなく物事を伝える」スタイルでさまざまな文言が書かれることが多いと思います。

ところがそれがきつい言い方だったり、上から目線だったり、読むだけでイラッとしてしまったり、読んでもよく分からない用語が使われていたりするんですよね。

三瓶:あるあるですね…。

安藤:そういったライティングをちょっと気をつけるだけで、誰もが手軽に、あまりコストをかけずに大きく改善できます。

三瓶:具体的なアドバイスなどはありますか?

安藤:3つほどあって、まずは「文言を短くする」ということです。「短くしましょう、半分にしましょう。半分にできたら、さらに半分にしましょう」と言っている人もいるくらいで、まず短くすることで、メッセージもシンプルになるし、本質的になります。

三瓶:短く簡潔に書くのは大事ですね。

安藤:2つ目は「用語を考える」。専門用語などを用いる場合、誰にでも伝わる用語なのかどうかを考えます。

三瓶:専門用語でユーザーが置いてけぼりを食らいがちですよね。でもサービスによっては、逆に覚えさせるべきなのかも判断しなければいけませんよね。

安藤:そう。自分たちのプロダクトでしか使われていない特定の用語で機能を説明するのか、あるいは一般的に使われている言葉を使うのかを判断するなど、単に専門用語を使わないだけでなく、独自の言葉を使わない配慮が必要です。

そして3つ目は「トーン&マナー」。よく色、形、フォントなどに対してトーン&マナーと言うけれど、言葉のトーン&マナーもあります。

信頼を獲得したいから、忠実で真面目な言葉使いをするのか、あるいは親近感を持ってもらうために親しげな口調のサービスにするのか、といったことですね。

三瓶:言葉のTPOもありますよね。「銀行の公式アプリで、ジョーク交じりのフランクなライティングをしないだろう」みたいな話。

安藤:そうそう。まず相手がコンピューターなのかサービスなのか、擬人化された人っぽい何かなのかで言葉使いは違ってきますね。

こういう部分を決めないまま、書いてしまっている場合が多いので、ライティングを気をつけるだけでエシカルなデザインに近づいていくと思います。

思考停止せず、常に「良い方」を探る

三瓶:これはエシカルだ、これはエシカルでない、のような話をしていくと「あれもやっちゃ駄目、これもやっちゃ駄目」とも聞こえてきますよね。正論を言いすぎて窮屈な雰囲気にしていきたくないなって思っていて。

エシカルデザインを実践するにあたって、我々はどのようなマインドセットで仕事に臨めばいいと思いますか?

安藤:エシカルな心がけとして何かこうだ! と決め事を作りたいわけではないですよね。

WordPressで知られるAutomattic社は、万人に使いやすいインクルーシブデザインを実践するためのチェックリストを公開しています。このチェックリストを作ったJohn Maeda氏はこのリストそのものも疑ってかかるべきだと言ってるんです。自分たちの限定的な環境と多様性の範囲で、最適なものとして作ったリストだけれど、もしかしたら利用する人によってはその限りではないかもしれないと。

三瓶:インクルーシブであることを提唱しているリストゆえに、このリスト自体が多様性を抑制することはあってはならないと言ってるんですね。

安藤:そうですね、本当のリストを作るのは皆さん自身だよと投げかけている。だから「これに疑問を持って、解釈を変えてもいいし、付け加えても良いんだよ」ということを言っていて、全てが「よく考えられている」ことに行き着くと思います。

三瓶:まさにそういった、自分で考えることが一層大事な領域だとは思います。

安藤:あとはペイフォーワード(恩送り)の考えで、なにごとも自分に返ってくると思うんです。

何か悪どいことをすれば、その瞬間は儲かるかもしれないけど、いつかはしっぺ返しにあったり、いつかは自分が裏切られる。

サービスを考えるときに、微妙に異なるどちらかを選ぶという状況で、正しい方・良い方を選ぶようにしたいです。仮にそれがビジネス的にそぐわないときにも、ギリギリの線を守ったり、少しでも良い方を選んだりすることを、繰り返していくのが良いのかなとは思います。

三瓶:多分ファーストステップとしてはそういった一つ一つの判断をしていくことですよね。何かを大きく変えようとするより、そういった積み重ねがより良い世界を作るのかもしれませんね。

本日はありがとうございました!


Welcome to UX MILK

UX MILKはより良いサービスやプロダクトを作りたい人のためのメディアです。

このサイトについて